尾根の葡萄(ブドウ)(1)

「広報班の撮影?」


 朝食の片づけをしながら相棒から告げられた意外な言葉に、僕は目を丸くした。彼の後ろには普段あまり接する事のない広報の人たちが所在なげに立っている。


「ああ。ホームページに載せる動画、今回は俺たちを撮るそうだ」


「いつも君が撮ってる装備の紹介? いつでもいいよ」


「いや、今度は任務の様子を広報班が撮るそうだ」


「え……任務に非戦闘員がついてくるの……?」


 それはちょっと……周りに関係ない人がうろちょろすると気が散っちゃうから嫌だなぁ。せっかく偽装アンブッシュしてても撮影してる人たちが敵に見つかっちゃうかもしれないし。

 いつもつけてるウエアブルカメラじゃ駄目なのかな?


 露骨に不安な顔をしていたらしく、相棒が困った顔でぽんぽんと頭を撫でてくれた。


「大丈夫だ。任務に支障がないように充分に距離を取るし、基本的に戦闘区域での撮影はしないはずだ。そうですよね?」


 彼が広報の人たちに念を押すと、リーダーらしき人が口を開きかけ……しぶしぶといった風情でうなずいた。う~ん……色々と不安が残るなぁ……


 彼も少し不安に思ったみたい。


「とりあえず、今日は任務も入っていないので、まずは訓練から撮影してください」


 うん、訓練ならまぁいいか。

 ……そう思ってた僕が馬鹿でした。




「あ、そこ。ちょっと右寄ってもらえますか?」


「もう少し顔を左に向けて。あ、帽子もう少しあげてください。瞳が映らない」


「……」


 いちいちうるさい。気が散るから指図しないでくれないかな。


「イラつくな。あれが彼らの任務だ」


 明らかに集中が乱れてしまった僕を彼がたしなめる。同時に引き金を引くが……


「すごい、今度も真ん中ですね。さっきとほとんど同じところに当たってる」


「……少し外した」


 いつもなら同じ穴を弾が通り抜けていくんだけど。このくらいでいちいち騒がないで欲しい。

 言い訳するのは良くないけど、周りを広報の人たちがうろちょろしながらわいわい言ってるのが気になって仕方がない。舌打ちしたい気分だけど、はしたないからなんとかこらえる。


「惑わされすぎだ」


「あんなに騒がれたら気が散るよ」


「実戦で周囲に全く障害がないとは限らんからな。集中するための訓練だと思えば」


「実戦の時は、集中を乱すような障害はみんな君が取り除いてくれるでしょ?」


「それはそうだが」


「あの~、そろそろいいですか?」


 相棒と言いあってると、のんびりした声で広報の人が割って入った。


「撮影、続けたいんですが」


「……っ」


「ちょっと待ってくれ。こいつは俺が撮っていいか?」


 思わず文句を言いかけたら、彼がとりなすようにさえぎった。


「え……でも」


「すまない。午前の訓練だけでいい。その後、編集作業を見学させてやってほしい」


「ちょっと待って。どうして編集作業なんか」


 唐突に言い出された余計な用事に思わず抗議する。そりゃ午後には予定が入ってないけど、自主的な訓練とか装備の点検とか、やるべきことはいくらでもあるはずだ。


「これも大切な奮励マジュフードだ」


 奮励マジュフードとは信者が神様の教えを実行するために精いっぱい努力すること。

 異教徒たちにはなぜか戦争を吹っかけて無理やり改宗を迫ることだと思われてるらしいけど、大きな意味での奮励マジュフードは自らの行いや精神を律して神様の教えに従った生き方を心がけること。狭い意味では同じ信仰を持つ仲間を迫害する人々から守ったり、神様の思し召しを実現するために戦うことを指す。


「僕が行うべき奮励マジュフードは狙撃だよ。失敗は許されない。訓練に集中できなければ大事な任務をしくじるかもしれないよ」


「前線に出て殺し合うだけが奮励マジュフードではないことくらい、お前にもわかるだろう?」


「それはそうだけど。編集は広報の仕事でしょ? 僕のじゃない。見学する暇があるならその分しっかり訓練しなきゃ」


 一人一人、神様からいただいた役割が違うから、戦いに限らず、それぞれが自分の役目を精いっぱい果たすことが奮励マジュフードの実践に繋がる。僕には僕の、広報には広報の奮励マジュフードがあるはずだ。


「それはどうかな? 一度見なければわからないものだってあるだろう。お前は神ではないのだから、全知全能ではない」


「……それはそうだけど……」


「何事も勉強だ。俺の顔を立てると思ってつきあえ」


「……わかった」


 ワガママな子供に言い聞かせるような口調は少し腹立たしいけど、これ以上我を通せば大事な相棒に恥をかかせてしまう。気が進まないけれども仕方がない。

 しぶしぶ承諾すると、彼は苦笑しながら撮影班の人からカメラを受け取った。これ以上時間をかけると彼の訓練の時間が減ってしまう。さっさと訓練に取りかかることにした。


 装備を身に着けたまま走りこんだり、障害物を乗り越えたりくぐり抜けたり。

 伏せ撃ち、膝撃ち、座り撃ち。立ち撃ちに腰撃ち。基本的な射撃姿勢を全部やってみせる。これじゃ、訓練というより演武みたいだ。


 それでも相棒が見ていると思うと気が引き締まるし、決して邪魔にならないところで撮ってくれているから、だんだんと集中力も戻ってきた。


 深く息を吸って吐き出す途中で息を止め、残った空気を飲み込むように引き金を真っすぐ引き絞る。素直に的に吸い込まれていく弾道を見るのは気持ちいい。

 全て狙い通りに当たると心のモヤモヤも晴れてきた。肺に残った空気を一気に解放すると、もう嫌な気分は残っていない。


「よし、いい画が撮れたからもういいぞ」


「ほんと? 君の訓練は?」


「これからやる」


「つきあってもいい?」


「もちろんだ」


「やった!」


 彼から機材を返してもらった撮影班の人がしきりに何やら撮っていたけれど、今度は騒いだり何か注文してくることもなかったので全然気にならない。最初からそうやって邪魔しないでくれればよかったのに。

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