山の柘榴(4)

 村はずれの小さな家まで戻ってくると、もうとっくに整備は終わっていたらしく、爺さんが家の前に椅子を持ち出して待ち構えていた。


「遅かったな、とうに仕上がっとるぞ」


「わあ、さすがおじいちゃん。仕事が早いね」


「……何かあったか?」


 嬉しそうに駆け寄る彼に、いぶかしげに訊ねるじいさん。ほんのわずかに彼の表情が陰っているのを察したらしい。相変わらずこの人にはかなわない。


「ん……ちょっとね」


「故郷から招かれざる客が来たんだ」


 その一言で通じたらしい。じいさんの顔色が変わった。

 じいさんは、俺たちの抱えている事情をよくわかってくれている。


「用は済んだのか?」


「たぶんね」


 あの調子なら二度と追ってくることはあるまい。奴は奴なりに、ささやかな幸せを見つければ良い。故郷に戻れなくても生きる道はいくらでもある。彼の隣に居場所を見つけた俺のように。

 じいさんも、俺たちの様子から何かを察したらしい。大きく息を吐くと、こわばっていた表情をやわらげた。


「もちろん泊っていくんだろうな?」


「ごめん、また今度」


 一瞬だけ見せた寂しげな目に罪悪感で「泊っていく」と言いたくなるが、万が一通報されていたら、じいさんにまで捜査の手が及ぶかもしれない。そんなことになる前に、国境を越えておきたい。


「あ、でも晩ご飯は食べていくよ。一緒につくろうと思って色々買ってきたんだ」


「そうだ。柘榴ザクロと一緒にハーブやキノコもつんでおいた。こちらの料理を教えてもらえないか?」


「ふん、仕方がない。しっかり見て覚えて行けよ」


「あ、そうだ。お土産の杜松ネズと一緒にさっき買ってきた人参や大根を酢漬けにしない?」


「いいな、それ。食べ頃にはまた来るようにしよう」


 一緒に台所に立つと、ようやくじいさんの表情も明るくなった。

 ハーブを細かく刻むと卵に混ぜこみ、ベーキングパウダーを加えて平鍋で焼く。鮮やかな緑のオムレツがふわふわにふくらんだらできあがりだ。鶏肉はスパイスをきかせてあぶり焼き。トマトやひよこ豆、ひき肉のシチューと共に、丸く伸ばしたナンを添えていただくのだ。

 じいさんが手際よく調理するのを見ながら俺たちも見よう見まねで手伝う。帰投したら仲間のみんなにも作ってやろう。年長の仲間がいつも似たような料理が続いて飽きてきたと言っていた。


「いい香り。マラルタのお料理は味付けは薄いけどスパイスがきいてて美味しいよね」


「ああ、香りは強いんだが意外にクセがなくていくらでも食えそうだ」


「くっくっく。ほめても何も出ないぞ」


「そんなこと言いながら、チャイとバクラヴァ出してくれるおじいちゃん大好き!!」


「だったらもっとゆっくりしていかんか。一晩くらい泊って行っても罰はあたらんだろう」


「ほんとにごめんね。次は絶対にゆっくりしてくから」


 もしかして、納戸が妙に片付いていたのは、俺たちが泊っていけるように用意して待っていてくれたのだろうか。いつ来るか……いや、ふたたび来られるかどうかもわからないのに。

 他人様の血で汚れ切った俺たちを、こうやって待ちわびていてくれる人がいるとは。気付いてしまうと申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「またすぐに来る。その時は何日か泊めてもらうぞ。また色々と教えてほしい」


「うん、お土産期待しててね」


 相棒が星を振りまくような笑顔で言えば、じいさんも苦笑いしつつもうなずいてくれた。


「ああ、待っとるぞ。できるだけ早く来い」


「うん、約束」


「ああ。約束する」


 笑顔で握手を交わしておんぼろトラックに乗り込んだ。この約束を果たすため

、絶対に死ぬわけにも、彼を死なせるわけにもいかない。

 じいさんの愛情がつまった銃を手に、俺たちは明日も戦場を駆け抜ける。

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