谷間の杜松(ねず) その2
けわしい山の中を、おんぼろの車がガタガタ言いながら登っていく。ほとんどけもの道みたいな木々のすき間は当たり前のように整地なんてされてない。地面に転がる岩に乗り上げて、僕も助手席にいる相棒も、何度も窓や天井に頭をぶつけそうになる。
それでも任務も戦闘も関係なく、二人きりで過ごせる時間が心地よい。
「イリム、この揺れは何とかならないか?」
「無理言わないでよ、グジム。ここ、道路じゃなくてただの
こうした
それがわかっていても、車が大きく揺れるたびにサスペンションが悲鳴みたいなきしみ声を上げるものだからたまらない。僕は車が壊れやしないかとだんだん不安になってきた。
このピックアップタイプの四輪自動車はとにもかくにも頑丈で、ど派手な攻撃でもされない限りは壊れたところを見たことがない。
だから敵味方や立場を問わず皆に使われていて、何処に行っても必ず見かける。むしろ、どこの国でも見かけないところがないくらい。
誰もが使っているこの車は、ずっと東の小さな小さな島国で作られたものらしい。そんなはるか彼方の国の車が、世界中で色々な立場や勢力の人に同じように使われているなんて、ちょっぴり不思議。
昔の戦争では、敵も味方もこの車を使っていたものだから、戦争そのものをこの車を作った会社の名前で呼ぶようになったんだって。ずっと前に隊長から聞いたことがある。
そんな事を思い出しながら走っていると、視界の端で何かが光った。
ずっと遠くの東の空に、陽光をぎらぎらと反射させながら飛ぶ、小さな点。
「リリャールの爆撃機……」
「今朝もか……まったく、毎日毎日決まった時間に空爆しやがって。時報じゃないんだぞ」
助手席の彼もいまいましそう。
毎朝このくらいの時間になると、山脈の南にあるレウケアクテの港から、政府軍と手を組んだリリャールの爆撃機がやってくる。そして山脈の東に広がる平野の村々にミサイルの雨を降らせるのだ。
反政府組織の幹部を狙っていることもあるけれども、多くは自国から逃げた政治犯を追ってのことらしい。遠い遠い北の果ての国からはるばると、なんともご苦労なことだ。
「爆撃に巻き込まれる村の人たちのこと、どう思ってるんだろう。そろそろ種まきの時期なのに」
「ああやって高い空から見下ろして一方的に燃やしてくるんだ。同じ人間だと思っていないんだろう」
畑に麦をまく前、火炎放射器で雑草の根や虫たちを焼くように……そう思うと虫唾が走る。
炎の中を逃げまどう人々を思い浮かべ、何もできない我が身が情けなくて仕方ない。何千キロも遠く離れた国の軍が、毎日のように我が物顔でこの国の村を爆撃しているのも、それをさせているのがこの国の政府であるのも、あまりにおかしすぎるだろう。なんとしてでも彼らをこの国から追い出さなければ。
そうしたら、あんな欲に汚れた世俗的な連中にいいように人々が食い物にされるんじゃなくて、人々が自分から神様のお導きに従って支えあうような国を作りたい。
そのためにもきちんと装備をメンテナンスして、必要な弾薬なども補給してこなければ。僕たちの戦いはまだまだ先が見えてこない。
僕らの車は、曲がりくねった細い道を上ったり下ったりを繰り返す。尾根を乗り越えハンドルを切ると渓谷の底へと向かった。
岩がごろごろして危険な急斜面の上、道なき道を小石を踏みしめながら僕は慎重に車を進める。助手席の相棒が顔を引き攣らせてるけど、今は気にしていられない。
どうにかこうにか谷底に着くと、そこは今までの悪路が嘘のように平らな場所だった。
「ふぅ。これで少しは走りやすくなるね」
「その分、敵にも発見されやすくなるぞ。こんな谷底で見つかったら逃げ場もない。警戒をおこたるな」
「はいはい。僕が悪かったよ」
少し気が抜けて軽口をたたくと相棒にたしなめられてしまった。改めて気を引き締めてハンドルを握りなおすと、助手席で苦笑しながらうなずいていた彼が突然、ぴたりと動きを止めた。その横顔からは一切の感情の色が消えて、鋭い目がすぅっと細くなる。まるで抜き身のナイフみたい。
僕はよく知っている。彼がこんな顔をする時、それは良くないものが近づいてるってこと。
危機を察知して、僕の大好きな優しい
車内に沈黙が落ちた。
聞こえてくるのは谷底の小石をタイヤが踏むジャリジャリとした音と跳ねるように走る車体のがたつき、お腹に響くトラックのエンジンのうなり声だけ……
……いや、違う!
聞き間違いかと思ったけれど、渓谷の上から確かに聞こえてくる。とてつもなく重苦しい、空間そのものが震えるような音。谷底からはまだ見えないけれど、間違いなく近付いてきている!
お腹の中まで揺さぶるような、重く鋭い音は更に大きくなって、フロントガラスがびりびりと震え出した。
僕は思わず相棒を見て、相棒も僕を見た。
僕たちは、この音をよく知っている。
空気をめちゃくちゃに切り裂いて、大気を乱暴に叩き飛ばす、この音は……
そして轟音がひときわ大きくなったかと思うと、渓谷の上からそれが姿を現した。
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