第5話 祥子との関係
「お子さんを失ってからの奥さま、いえ祥子さんとの関係はどうだったの」
「平穏でしたよ」
「平穏」
「ええ。
そんな絵のことなど気づかず、二人で生きてきました。
本当に平穏だと思って生きてきました。
いえ気付かなかったのは、子供の絵の存在を認識していなかった、私だけだったんでしょうけれど」
「そうなのかしら」
「そうです、きっと、祥子の中にはその想いがずっと残っていた。
あの絵の存在がそれを物語っている。
私がバカだったんです。
私は貧乏でしたけど、私たちは幸せだと思いこんでいました」
「幸せだったんでしょう」
「どうだったんでしょう。
でも私は、あの絵の存在を知るまでは、お互いに幸せだったと思っていた」
「幸せだったのよ。
誰がなんと言おうと。
孝一さんと祥子さんはしあわせだったのよ」
「ありがとうございます。あなたにそう言ってもらえるだけで。
心が安らぎます」
「その後お子さんは出来なかったでしたわよね」
「残念ながら。
子供を作るといのはそれなりにエネルギーがいるんです。
どちらかがまた、同じ事が起こるのではないかとか。
まだ子供はいいやとか。
そういうことを思うと、とたん出来なくなる。
どこかで私は子供はいいや、なんて気持ちがあったかも知れない。
そして私は勝手に祥子も同じように思っているのではと考えていた。
実際、祥子はそれから子供のことを口に出すことはありませんでした。
あの絵に縛られていたからなのか。
あの絵が祥子にとって、子供となり得たのか。
分かりません。
いや、やはり、祥子もあの絵に縛られていたのかもしれない。
そして私も破いたという事実に縛られていた。
だから私は、私たちに子供はいらないと思い込んでいた。
そんな思いがある人間のところに子供なんか出来るはずがない。
先ほどの絵を見つけて、つい最近なんですけどね、初めて分かったことがある。
祥子が、あの絵に縛られていたのなら、祥子はそのどん底から這い上がろうとした。
そして子供が欲しいと思うことがあったかもしれない。
でも私が勝手に子供はいらないなんてことを考えていたから、きっとそういう気持ちは伝わるんです。
もしそうだったなら、祥子は何も言いだせなくなる。
あの母親に美大に行きたいと言ってしまったことで、些細な我儘も言えなくなってしまった時のように。
だから唯一の子供の成長記録である、あの絵をあんなにも大事にしていたんです。
そんなことにも私は全然気づかなかった。
私は何年も、何年も、祥子の本当の気持ちが分からないまま、暮らして来てしまった」
「孝一さん。
どうしたの、泣かないで。
泣かないで」
「すみません」
「ごめんなさい。
なんで私まで、涙をこぼしているのかしら。
祥子さんの心に共鳴しているのかしら」
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