第89話 きのこ狩り
家から精霊樹に転移する。
人が辿り着く事さえ困難な僻地で、一番近い集落までかなりある。魔素が多く、動物も植物もあまり見当たらず、殺風景だ。おまけに雲が低く垂れこめていて、薄暗い。
「精霊樹のまわりって、もっとこう、楽園的な想像をしてたなあ」
言うと、幹彦も頷く。
「魔素が濃すぎるのが原因だな。何でも魔物化してしまう。だいたい、何事もほどほどがいいと言うだろう」
チビが大きくなって言う。
「まあな」
「待てよ。だったら僕達にも悪影響があるんじゃないのか?」
しかしチビは、僕の心配を一蹴した。
「住むわけじゃないから平気だ。それにフミオもミキヒコも私の加護があるから、ここに住んだとしても問題はない」
どこか寂しい風景に、ここに住むのはよっぽど世間が嫌になった時だなと思いながら、出発となった。
チビの背中に乗ったり歩いたり走ったりして、何も無いながらも景色を眺め、霧が出始めて薄暗くなってきたところでキャンプとなる。
ワンタッチテントを広げ、自作の防犯兼魔物避けの魔道具『守るんです』を準備する。
これは豆太郎のような機能を持たせた魔道具で、範囲内に許可の無いモノが侵入したら守るんですの鞘に転送されて、麻痺と催眠の魔術をかけられた上に粘着物質で固められるという代物だ。どの程度の魔物まで行動を阻害できるのかがわからないので、今回、試そうと思って持って来た。
「でも、魔物がそもそもいないな」
ぼやくと、
「まあ、もう少し離れたらいるんじゃないか」
と幹彦が言い、チビは、
「魔素がそれなりに薄れるからな。
ただ、近い所にいるのは、強いヤツってことになるがな」
テストになるのだろうか。
不安がよぎるが、やってみるしかない。
夕食に、レトルトのご飯を使った焼肉丼と海藻サラダ、味噌汁を摂り、守るんですを周囲にセットしてテントに入る。
見張りは、チビが気付くから別にいいという事で、しない。
暑くも寒くもなくちょうどいい気温の中、僕達はぐっすりと寝た。
翌朝、目を覚まして驚いた。
「なんじゃこりゃあ!」
テントの周囲で、眠りこけたり不満そうに唸ったりした魔物達が数頭、樹脂のように見えるものに拘束されて転がっていた。ベタベタの粘着物質は、乾いて固まると硬化してこうなるのだ。
「うわあ。ヒョウみたいなやつに、ハイエナか?こっちは大蛇だぜ」
幹彦が遠くからチョンチョンと突いている。
「うわあ。まあ、魔物に効果ありってわかって良かったよ。うん」
僕は言いながら、こいつらって食べられないけど、売れるのかな、と考えていた。
「毛皮や皮、牙なんかが売れるぞ。息の根を止めて、そのままギルドで出せばいい」
チビが言うので、手分けして息の根を止めて回り、空間収納庫へ入れておいた。
食欲が失せそうな光景だったが、ホットサンドとスープと果物を見るとお腹が鳴り、普通に食べられた。
そうして、今日も出発だ。
相変わらず殺風景ではあったが、まばらに枯れているのかと思うような木が生え、静謐な湖が出現する。天気は昨日と一緒で、聞けば、ここの天気はずっとこうらしい。
鬱陶しい場所だ。
と、何か動くものが視界を走った。
「ん?今、何か……」
言いかけて視野を広くもつと、幹彦が叫んだ。
「きのこが走ってる!?」
僕にも見えた。
全長20センチほどのエリンギに近い形のきのこが、走っていた。
「だから、きのこ狩りだと言っただろう」
チビは澄ましているが、きのこ狩りって、日本人はそういう意味で使うんじゃない。ミカン狩りも潮干狩りも紅葉狩りも、別に、ミカンや貝や紅葉が襲ってくるわけでも逃げ回るわけでもない。
「狩りって、マジで狩りなのかよ」
呆然として幹彦が言い、そして、ちょろちょろと走るきのこを捕まえようとして逃げられ、闘争心に火が付いたらしい。
「捕まえてやろうじゃねえか」
ブツブツと言い、無駄に身体強化をかけて飛び出して行った。チビも遅れじと飛び出して行く。
「うわあ。真剣だよ、幹彦もチビも」
無駄に素早い動きを思わず眺めてしまったが、我に返る。そうだ。美味しいというこのきのこを、自分も狩らなければ!
僕も慌てて参戦したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます