第88話 避難先はエルゼ
どこからか、詳細はともかく僕と幹彦が何か強いとかいう噂が流れ、僕達の周りは鬱陶しい事になってきた。
つまり、力や名前や金目当ての女性や探索者やその他のよくわからない人達が連絡をひっきりなしにして来るようになった。
これまでの金目当ての女性がかわいく見えるほどにエネルギッシュな女性達に、僕と幹彦は勿論、おばさんでさえ引いた。
「嫌だ。この中から結婚相手なんて探せないし、嵌められるかも知れないと思うと、恐ろしくてうかうかと話もできない」
そう言う幹彦に、おばさんでさえも
「これも運命なのかしらねえ」
と溜め息をついていた。
「しばらくこっちのダンジョンはいいや」
「そうだな」
僕達はエルゼに逃げ出す事にした。
「こっちは楽でいいなあ」
のびのびと背伸びをして言うと、
「ああ、全くだぜ。こっちでは完全に普通の冒険者だもんな!」
と幹彦も笑う。こちらの冒険者は、物理でも魔術でももっと強い人がたくさんいる。
チビものびのびとした顔付きをしている。
「今日はどうするのだ?」
「そうだなあ。材料はあるから魔道具作ってもいいけど、どうする?」
「俺、向こうで最近暴れ足りなかったから、運動したい」
幹彦はそう首をコキコキと傾けて言う。
「そうだな。じゃあ、ダンジョン?森?」
「私は肉がいい」
「じゃあ森だな!」
それで今日は森で狩りをする事に決まった。
お弁当に、照り焼きのナスとカリカリベーコンをクリームチーズを塗ったパンに挟んだものや、ゆで卵とスライスチーズを挟んだもの、レタスと白身フライとタルタルソースを挟んだものなどを用意し、出かける。
こういう時、空間収納庫は便利でいいと思う。これが地球でも使えればもっと楽なのにとも思うが、間違いなくトラブルが多発するに違いない。
イノシシやシカやトリを狩っては手早く解体し、冷やす機能を付けた収納バッグへと入れる。動物は血抜きして内臓を取り除いてから冷やさないと臭いが残るので、肉のためのバッグだ。
そこそこ狩り、幹彦の気も済んで、僕達は家へ帰る事にした。
と、チビがその辺の木の実を見て思い出したようにポツンと言った。
「そう言えば、そろそろあれの季節か」
僕も幹彦も、アレが何なのか気になって訊き返した。
「あれって?」
「ん?ああ。ハタルという、辺境に、ほんの一時しか生えないきのこだ。これが美味くてなあ。ヒトも言ってたぞ。今の時期のシカと一緒に煮込んだりしたら、それはもう」
チビが思い出しながら涎を垂らしそうになる。それを見て、僕達もそのハタルとやらが気になって来た。
「辺境?それってどこ?どのくらい離れてるんだ、チビ?」
「ハタルってのは今生えているのか?それ、売ってるのか?」
「ヒトの流通は知らんが、生えているのは今だな。ほんの半月かそこらのものだ。辺境までは、そうだなあ。私が走っても4泊だな。
ああ。精霊樹からだと1泊程度で行けるな」
もう、僕も幹彦も、
「行こう」
と即決していた。
「明日出発するか」
「じゃあ、今日は準備しておこう」
まだ見ぬきのこにワクワクとして、僕達は家路を急ぐと、日本へ戻り、キャンプの準備を整える。テントや食糧、救急セット、着替えやタオル、雨具などだ。
勧誘などの電話しか来ていない事を確認して留守電を消去し、郵便物も取り入れてチェックしておく。
夕食後は速やかに入浴し、就寝。
翌朝、朝食後に昼食用のお弁当を準備してエルゼへ行くと、遠足日和と言いたくなるような良い天気だった。
「おやつ、忘れたぜ」
「ジャーキーとドライフルーツは持って来たよ」
「じゃあ、行くか!」
僕達の遠足が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます