第90話 倒れていた少年
思いもよらない、アグレッシブなきのこ狩りだった。
きのこはちょろちょろと走って逃げるばかりでなく、時々蹴ったり頭突きしてきた。そんなきのこなんて見た事も無い。それでもむりやり動くところを想像するとすれば、どちらかと言えば、おとなしい感じの動きを想像していた。
下の石突を切ればただのきのこになるのだが、むんずと掴むと、身をくねらせ、頭突きをして逃げようと暴れる。仲間のきのこが後ろから攻撃して来ることもあり、油断ができなかった。
それでも、3人でかなりの量のきのこを集める事ができ、石突が付いたままのものもいくつか捕まえている。
なぜか?もちろん、地下室で栽培する気だからだ。
このきのこが生えるのはタイロンという木だそうで、その枝も確保している。あとは、檻で囲っていれば逃げ出す事も無いのではないだろうか。
ふふふと笑いながらきのこを触ると、適度な弾力と柔らかさがあり、香りもいい。これは本当に楽しみだ。
「まずは焼いて、塩を振って柚子かなんかを絞って食べようか」
「すき焼きもいいぜ」
「私の知らない食べ方だな。楽しみだ」
チビもグフフと笑う。
「天ぷらもおいしいぞ、きっと」
「史緒、パン粉をつけたフライも食いたい」
「そうだよな。あ、澄まし汁も忘れちゃいけないし、炊き込みご飯もしよう」
僕達は食べ方を考えて想像しながら、気もそぞろに歩いていた。
それに気付いたのは、幹彦だった。
「何かいるぞ、この先に。動かないな。弱ってる魔物か?」
今一つ自信が無さそうな口調で首を捻る。
「寝てるだけとかじゃないのか?ライオンとかみたいな、夜行性のタイプ」
恐る恐る言いながら、見えないかと目を凝らすが、まるで見えない。
幹彦は気配察知を働かせながら警戒はしていたが、どうもそう心配はしていない様子だ。
「ヒトだな」
チビが言うのに、幹彦が疑いの目を向ける。
「ヒトぉ?ヒトにしては魔力が多すぎるんじゃねえかな」
「うむ。それこそが問題な場合もあってな」
チビはそう言い、見る方が早いと足を急がせた。
近付いて来ると、確かにそれは倒れている人だとわかった。
「わ!行き倒れか?病気、いや、襲われたのかな?」
言いながら、急いで寄って行く。
まだ子供と言っていい少年で、肌の色は黄色味を帯び、張りがない。意識は朦朧としており、全体に痩せている。
「ケガはないみたいだな。顔色からすると肝臓が悪いのかな。ポーションは、かけてもだめか、飲ませないと」
僕の専門は遺体だが、ある程度は生きている人間でもわかる。軽く診断して、白目も黄色くなっているのと、結膜が白くなって貧血の状態にある事を確認していると、チビが言う。
「その子は魔力過剰症とかヒトが呼ぶ状態だな。幹彦が魔物と思ったのもそのせいだ。ヒトには多すぎる魔素を取り込んでいる状態だ」
元々魔素も魔力もない世界の僕達には、聞いた事の無い病気だ。
「どうすればいいんだ?」
「魔力を抜く?どうやって?」
僕と幹彦が頭を悩ませていると、少年が目を覚ました。
「あ……誰……?」
僕と幹彦は少年を覗き込んだ。
「大丈夫か?気分は?」
少年は瞬きして起き上がり、うっすらと笑った。
「大丈夫です。最近、時々倒れちゃって」
そう言って、転がった籠を手元に寄せる。
掘り出した芋のようなものが入っていた。
「送るよ。この近くに住んでいるの?」
少年はよろよろと立ち上がると、答えた。
「この先の──あ」
そして少年はチビに気付いた。声をかける前にチビは小さくなっていたのだ。
「うわ、かわい……いや、まさか?」
少年は途中で歓声を訝し気なものに変える。
「よくわかったな」
チビは大きくなって、少年は驚いて尻もちをついた。
「フェンリル!」
そして、畏怖の表情を浮かべて膝をつこうとした。これがフェンリルに対する、本来の対応なのだろうか。
「具合が悪いのに、いいから、いいから。
チビ。この子、乗せてくれる?」
僕と幹彦にとっては、チビはチビでしかない。
恐縮を通り越して硬直する少年をチビの背中に座らせ、僕達は少年の村に向かって歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます