第75話 探す理由

「ヘイド伯爵は御存知ですか。もしくはヘイド領にお知り合いはいらっしゃいますか。いえ、お母様は今どちらに」

 そうギルドの前で切羽詰まったような顔付きのメアリに訊かれた。

 それに、僕と幹彦は顔を見合わせてから首を振った。

「知り合いはいませんし、行った事もないです」

「一体何なんですか」

 メアリは困惑したように呟く。

「黒目黒髪なんてそうそういないし、間違いないはずなのに」

「確かに黒髪黒目は少ないようですけどね。僕達じゃないですよ」

 言うと、メアリは疑わしそうな顔をしている。

「ほら。現に他にも黒目黒髪の若い男っているじゃないですか。ジラール・クライだっけ」

 幹彦が言い、僕も思い当たった。

「ああ。ちょっと目の鋭い。

 あ。いた」

 ジラール・クライ。その冒険者は、見たところ僕達と同じくらいだろうか。

 僕達がそう言ってジラールを見ていると、その視線に気付いたジラールが、つかつかと寄って来た。

「何か用かよ?」

 ぶっきらぼうだが、怒っているわけではない。これが普通だ。

 が、それは普通ではないだろうと僕は彼の額を指さした。

「額から血が出てますよ」

 するとジラールは額を流れる血を面倒臭そうに

「ああ。ちょっと失敗してかすっただけだ。大丈夫」

と言いながらグイッと袖口で拭いた。

「うわあっ!?」

 僕も幹彦も驚いた。日本ではちょっとワイルドすぎる光景だろう。

「しょ、消毒しないんですか?せめて清潔な布で拭かないと!」

「ポーションは?」

 僕も幹彦もそう言うのに、ジラールはフンと笑い、メアリも平然としていた。

「この程度でそんな高い物使えるかよ」

「あ!傷口がガタガタじゃないですか!残りますよ!?」

「女でもあるまいし、構うかよ」

 ジラールはそう呆れたように言った。

 そんなジラールにメアリが訊く。

「ジラール・クライさんの出身地はどこでしょうか。お母様は。ヘイド領にお知り合いはいらっしゃいますか」

「母親はミモザの出身だって聞いたし、父親は知らねえ。俺はミモザで生まれたらしいな。ヘイドには行った事もねえ。

 もういいか?」

 ジラールはそう言って、狩ってぶら下げて来たトリを持ってギルドに入って行った。

「……ジラールさんは貴族に見えないわ……。

 ああ、どうしよう。先に見付けないと殺されてしまう……!」

 メアリは泣きそうな顔でそう言って俯いた。

 困ったな。

「誰を探しているんですか、あなた方は。

 もしかして、森であなたが襲われた事も関係しているんですか」

 メアリは肩を揺らし、泣き出した。



 往来の目を気にしながら、取り敢えずメアリを路地に引っ張り込んだ。

 そして落ち着くのを待って話を聞く。

「この前領主様が倒れて、ヘイド領は後継者争いで揺れているんです。本来なら長男様なんですけど、出来がお世辞にもよろしくなくて。次男様はとにかく浪費家で、三男様は女癖にかなり問題がおありで。それで領主様は、正妻愛人構わずに全ご子息から公平に選ぶと仰ったんです。

 それで1人、昔メイドとの間に生まれた黒目黒髪の子がいたはずだと」

 使い古されたドラマかマンガの筋書きのような話に、僕達の興味はやや外れかけていた。

「その母子はこのエルゼにいるんですか」

「はい。私の母はその奥様によくしていただいて、ミスをして打ち首になるところを助けていただいた恩があったんです。それで、若様を連れて逃げられる時、こっそりと匿って逃走の手助けをしたんです。その時に、エルゼに行くと聞いたそうです。

 先に家臣団に見つかったら、殺されてしまうんです。私は若様に逃げるようにと伝えに来たんです」

 てっきりシンデレラストーリーかと思っていたので、驚いた。

「え。後継者争いに……」

「加われないようにするために探させているんです。正妻のご子息3人が。愛人腹のご子息は既に5人不自然な事故と病で亡くなられています」

 一気に、ジャンルが変わったぞ。

「誰だ、本物は」

 言うと、メアリは嘆息した。

「黒目だけ、黒髪だけでも少ないのに、両方揃うとなると、そうはいません。私がこれまでに会った黒目黒髪は、あなた方とさきほどの方だけです」

 幹彦がポツンと言った。

「じゃあ、ジラールがそうじゃないのか?」

 その可能性を考えるようにメアリは遠い所を見ていたが、頭を振った。

「お母様は、取り潰しになった元伯爵家の御令嬢だったそうで、上品で美しくて頭の良い方だったと聞いています。あんながさつな方は、ちょっと。

 むしろ噂からもこの目で見た感じも、あなた方のどちらかがそうではないかと思っております。

 どうか本当の事を仰ってください。私は捕まえに来たのではなく、逃げるようにと言いに来ただけですから」

 縋るように、どこか確信のこもった目を向けて来るメアリだった。

「何でそう思ったのかわからないんだけどなあ」

「僕達、完全な庶民ですよ」

「どこがです」

 メアリはキッとした目を向けて来た。

「ギルドでも宿泊された宿でも店でも、あなた方を知る方は皆仰います。『本当は貴族なんじゃないのか』『貴族のご落胤か』『貴族の子息が勉強のために平民のふりをして冒険者をしているに違いない』と」

 ドヤ顔である。

 僕達は嘆息した。なぜそう言われるのかよくわからないが、日本人のマナーは、こちらではずいぶんとお上品に見えるらしい。

「本当に違うんです」

 言っていると、チビがつまらなさそうに丸くなって寝始めた。





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