第76話 若様大捜索

 メアリは納得しきれないようだったが、僕達が違うのはわかっているのだから、若様候補はジラールだ。

 僕達はジラールにもう一度訊く事にした。

 ジラールはトリを売った後、そのまま隣の食堂で仲間と飲み始めた。

「目付きは悪いけど、腕も悪くないし、仲間想いみたいだぜ」

 幹彦が聞き込んで来た。

「乳児の頃にエルゼに母親と来て、以後母子家庭。母親はジラールが冒険者になった次の年に流行り病で亡くなっている」

 そう幹彦が続け、メアリは目を軽く伏せた。

「生きていらっしゃれば、何かわかったかも知れなかったのに。残念です」

 僕は、検査機械やキットがあれば親子鑑定ですぐだったのに、と思っていた。

 僕達の視線の先で、ジラールはジョッキを傾け、笑い合い、肩を叩く。かと思えば通りすがりの男がぶつかって仲間と揉め合うと、チーム対チームで殴り合いを始めた。それをゲンコツでマスターに仲裁されると、ふてくされたように骨付きのもも肉を手づかみでかぶりつき、ついでのようにウィンナーを指でつまんでくわえた。

「あれが、貴族の子弟のマナーでしょうか。貴族の食事というものは、そういうものです」

 メアリが憮然として言い、僕達を見る。

 僕達は食堂の端のテーブルで、食事をしていた。今日はマジックサーモンのフライだ。タルタルソースを乗せたサーモンフライをフォークに乗せて食べていた僕達は、首を傾けた。

「まあ、子供の頃から一般人として育てられていれば、貴族のマナーなんて知らなくても不思議じゃないぜ。その母親も、元は貴族のお嬢さんだったとしても、もう一般人だったんだろ?」

 幹彦が気を取り直して言うが、メアリはにべもない。

「それはそうですけど、マナーとか物腰というものはそうそう変わるものではありませんし、子供は親の真似をするものですわ」

「ああ。確かに」

 僕達のへっぽこ推理は、なかなか進まない。

「もう、聞いたらわかるかな」

「待て、史緒。親が全部話しているかどうかわからんぞ」

「では、まずは母親の名前を聞いてみるというのは?」

 チビがソテーとサラダとハムを食べて満足し、丸くなって寝ていたが、不意に起き上がって入り口の方を見た。

 鎧を着た男が2人、ギルドに入って来た。

 まあ、鎧を着た男と言うなら、冒険者にもたくさんいる。ほぼ全員に近い。

 しかしそれが、ヘイド領のマークを付けたピカピカのものだというなら話は別だ。

 彼らは何事かをカウンターで職員に話していたが、向きを変えて食堂の方へとやって来る。

「まずい。もうジラールの事に勘付きやがったのか」

 幹彦が言う間にも彼らは食堂を見回し、なにやら小声で相談し、外へ出て行った。

 それと入れ違いに、彼らの近くにいたエイン達「明けの星」が足早に近付いて来て声を潜めて言う。

「お前ら、今の奴ら知ってるのか」

「あいつら黒目黒髪の若い男を探してるらしいけど、どうもお前らに絞ったみたいで、やたらと住んでる場所とか聞いてたぜ」

 僕も幹彦も、この情報に溜め息が出そうになった。

「人違いなのに……」

「参ったな」

 今夜、訪問されるかもしれない。

「行くか」

 僕達はテーブルを立った。

 それで、同じくテーブルを立ったジラールに、外に出たところで声をかけた。

「ちょっといいかな」

 ジラールは振り返り、僕、幹彦、チビ、メアリという面子に、不審そうに眉をひそめた。

「ヘイド伯のご子息方が、後継者を減らすために兄弟を殺しています。今は逃げた黒目黒髪のお子様を探させています」

 メアリも不信感を押し隠しきれない顔付きでそう言うと、ジラールの顔付きが一瞬引き締まった。

 しかし、すぐに頭をかいてごまかす。

「へえ。俺じゃねえな。そっちこそ貴族のご落胤って噂だろ」

 それに、笑顔で答えた。

「どこに出しても恥ずかしくない庶民ですよ」

「嘘つけ。年だってそのくらいだろう?」

 ジラールが言うので、初めて僕と幹彦はその子の年齢の事を訊いていない事に気付いた。まあ、戸籍もはっきりしていない世界なので、そういうものはあいまいだと思っていたのだ。

「今年で23歳です」

 メアリが言うと、僕と幹彦は安心した。

「なあんだ。だったら俺達は完全に違うぜ。俺達、32だからな」

 それにジラールが目を丸くした。

「え!?年下だと思ってた!特にフミオ!」

「ジラールっていくつ?」

「23」

 それに僕達が驚く。

「嘘!?同じくらいかと思ってた!」

「ああ!?老けてるといいたいのかよ!?」

「そっちはこっちを子供扱い!?」

 チビが吹き出したのをくしゃみでごまかし、幹彦が咳払いをして、僕達は冷静さを取り戻した。そうだな。日本人は若く見られるからな。

「えっと、そうだ。

 よくその探し人の年を知ってたな、ジラール。犯人は──じゃねえ。隠し子はお前だ!」

 幹彦が指を突き付けて言うと、ジラールはガリガリと頭をかいて横を向いた。

「くそっ。確かに母ちゃんが死に際にそう言ったんで、びっくりしたし、死に際に渾身の冗談を言ったのかと疑ったさ。でも、母ちゃんは『お前には向いてないから、バレないようにしなさい』って言ったんだよ。俺も貴族は向いてないと確信してるし、そんなろくでもないやつらが身内なんて冗談でもねえから、名乗り出るとか嫌だぜ。しらばっくれてやる」

 メアリはぶつぶつと、

「嘘。信じられない。何でこんなガサツに育つの?わざと?」

と呟き出した。

「まあとにかく、今後の対策のために話をしましょう」

 僕はそうジラールとメアリに言った。





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