第74話 探し人

 メアリがエルゼに来て2日経った。

「ヘイド伯爵は御存知ですか。もしくはヘイド領にお知り合いはいらっしゃいますか」

 そうギルドのカウンターでいつもの職員に訊かれた。

 それに、僕と幹彦は顔を見合わせ、首を振った。

「いいえ?」

「何かあったんですか?」

 職員は言う。

「ヘイド伯の家臣の方が、人を探しているそうなのです。それが、ヘイド領から来た黒目黒髪の若い男性らしくて、冒険者ギルドに所属していないかと」

 黒目も黒髪も、この世界でも目撃はしている。しかし片方だけでも珍しいらしく、両方揃うとなるとかなり珍しいらしい。恐らくこちらの世界では、黒目も黒髪も潜性遺伝なのだろう。

 潜性遺伝というのは、かつては劣性遺伝と呼ばれていたものだ。ヒトも含めた有性生殖で増殖する生物は両親から2種類の遺伝子を受け継ぐのだが、この時、それに関わる遺伝子をどちらかの親からのみ受け継いでいたなら発現しないが、両親ともから受け継いでいた場合だけ発現するというものがある。髪や目や肌の色、一部の病気などだ。

 別に劣っているわけでも何でもないが、「劣勢」という言葉からそういう誤解を与えるとして、名前を変える事になったものだ。

 黒髪も黒目も潜性遺伝なら少数でも不思議はないし、それが揃う確率がもっと低くなるのも頷ける。

 髪を染めるかカラーコンタクトレンズを入れていれば、僕達も多数派だったな。

「へえ。確かに黒髪黒目は少ないですけどね。僕達じゃないですよ」

「それなら構いません。珍しいとは言え、他にも黒目黒髪の方はいらっしゃいますし。ましてやあなた方がヘイド領から探される何かをしたとも思えませんし」

 職員はそう言い、僕達はギルドの外に出た。

 すると、ほんの数歩歩いたところで護衛隊リーダーを連れたモルスさんに会った。

「やあ、こんにちは」

「こんにちは」

 にこにことしながら挨拶をかわし、モルスさんは声を潜めて訊いた。

「ちょっと訊いてもいいかの。ヘイド領に知り合いはおるかの?」

 僕と幹彦は顔を見合わせた。

「もしかして、ヘイド伯爵の家臣ですか?黒目黒髪の若い男を探しているとかいう」

 幹彦が訊くと、モルスさんは頷いた。

「冒険者ギルドにも問い合わせたか。商業ギルドにも問い合わせをしたらしく、そういう人物を雇ってはいないかと問い合わせが来ての」

 僕も幹彦も苦笑した。

「完全に人違いですけど、どうかしたんですかね」

「その人、誰なんでしょうね。指名手配されるような事をしたのかな」

「いや、犯罪で手配されるなら手配書を張り出すだろうから、そういうものじゃないはずだ」

 リーダーが考えながら言い、極悪人と間違われる危険はないと少しだけ安心した。

「まあ、厄介な事になりそうなら、いつでも来なさい」

 そう言って、モルスさんはリーダーを連れて歩いて行った。

「人違いだけど、何だろうな」

「気になるね」

「お家騒動とかじゃないのか」

 チビが小声で言い、僕も幹彦も唸った。

「あり得るぜ」

「ね」

 言いながら歩き出すと、メアリが鬼気迫る顔付きで寄って来た。

「まさか、幹彦」

「ああ。まさか、な」

 小声でかわしていると、メアリが言った。

「あなた達、ヘイド領に知り合いはいらっしゃる?」

 僕達は顔を見合わせた。




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