第73話 疑惑

 女性はメアリ・ナムと名乗り、エルゼへ仕事を探しに来る途中だったと言った。ひとつ前の村までは運良く荷馬車に乗せてもらえ、そこからエルゼまでなら森を抜ければ早いと思って歩いていたら知らない男に襲われたのだと供述。

「とどめを刺される前に悲鳴を聞いて駆けつけて来てくれ、ポーションまでかけて下さって、ありがとうございます」

 メアリはそう言って僕と幹彦に頭を下げた。

 そして、

「警備隊長様まで来て下さって、ありがとうございます」

と警備隊長にも頭を下げた。

 警備隊長は、今日は休日なので森で食材を集めていたのだという。それで悲鳴が聞こえて駆けつけてみれば、血まみれの女とかねてからおかしいと感じていた2人組──僕と幹彦だ──がおり、女を殺したのだと思ったそうだ。

 失礼な。

「隊長。フミオとミキヒコはそんな事しませんって。追剥ぎするより稼いでいるし、女性を襲うようなまねはしませんぜ」

「そう。なんたって、冒険者に見えないで貴族疑惑が出たくらいスマートなんだから」

 辿り着いたエルゼの門の所にある詰所で部下がそう言って苦笑すると、警備隊長は不機嫌そうに眉を寄せた。

「まあ、気にしないでください。たまたま近くにいただけですし」

 幹彦がメアリに言うが、メアリは食い下がった。

「いえ。高価なポーションも使っていただきましたし。あれは少なくとも中級以上でしょう。死にかけていた事を考えれば、もっとのはず」

 かけたのは水だとは言いにくいし、治したのは魔術だとは言いたくない。

「自作なので、本当に気にしなくて結構ですよ」

 言って、僕達は詰所を出た。

 チビ共々、息をつく。

「治癒、バレなくてよかったな」

「ああ。バレれば教会のやつらがすっ飛んで来るぞ」

「それはごめんだぜ」

「ああ。隠居できないもんな」

 こそっと言いながらギルドへ向かった。ついでにギルドから依頼が出ていたものもいくつか狩って来たからだ。

 と、入り口近くで若い冒険者とぶつかりそうになる。ジラール・クライという男で、いくつか年下らしい。同じ黒目、黒髪だが、こちらは目付きが鋭く、髪は枝毛が多く艶が無い。ガサツというか大雑把なところがあるので、髪など洗っても、乾かしたりしていないのだろう。

 ジラールを見る度に、黒猫のようだと思っている。

 軽く目で挨拶をしてすれ違い、中に入ると売るものをカウンターへ持って行き、さっさと手続きをして家へ帰った。


 日本のダンジョンへも行きながら、僕も幹彦も趣味を兼ねた内職に励む。そして出来上がったそれらを持ってエルゼへと行き、ギルドへ納品に行く。そしてついでにダンジョンに行って来た。

「遅くなったし、今日は食って帰るか」

 幹彦が言う。

 今から帰ってしたくしていると、確かに遅くなる。

「そうだな。そうしようか」

「ワン!」

 それで僕達は食べて帰る事にして、隣の食堂へ行く。

 隣と言っても、間に仕切り代わりに鉢植えを置いているだけで、ほぼロビーだ。客もほぼ全員冒険者で、「早い、安い、美味い、多い」を旨としている店で、夜はほぼ居酒屋状態だ。

 それと、チビのような動物も同席してもいいというのが、ほかの街のレストランとの違いだ。

 膝の上に乗せたチビにもメニューを見せて注文を決め、食事を始めた。

 アルコールの入った冒険者たちが陽気に騒ぐのを聞きながら、ブルーラビットのソテーにナイフを入れる。

「柔らかいな」

「それに、あっさりしてるのに味が濃いぞ、史緒」

「本当だ。これ、どこにいるんだろう」

「雨季の後、風に乗って飛んで来る渡りウサギだ」

「え。ウサギって飛ぶの?」

「しかも渡りか」

 異世界だなあ。

 和やかに話しながら食事を楽しんでそろそろ帰ろうかと立ち上がると、エイン達「明けの星」と会った。

「よう!」

 にこやかに言いながら、グレイが小声で言う。

「お前らが助けた女、お前らの事を訊きまわってたぜ。単に礼をしたいだけとかだったらいいけど、厄介事なら言えよ。手を貸すから」

 言っている背後に、ギルドを出て行くメアリの背中が見えた。

「うん。ありがとう」

 幹彦は眉を寄せ、チビは嫌そうに鼻を鳴らした。







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