第72話 拾いものは厄介事
決着が付き、天空は肩を落とし、天空に迷惑した事のある者はいい気味だとはしゃいだ。
しかしそれ以上に、ワイバーンの討伐に誰もが興奮していた。
「あれって風の刃か?刀で飛ばすやつ」
「でも、何か地面に激突させてたよな、次?」
「それに、どうやってあの硬い体を斬ったんだ?」
ギャラリーはああでもないこうでもないと話し合っている。
異世界ではこういう戦い方は既になされているが、こちらでは、魔力を飛ばすのも魔力を刀にまとわせるのも、誰もしていないか、成功していないらしい。それに魔術の種類も練度も、地球人では僕がリードしているようだ。
僕も幹彦も、エリゼでの修練の結果だ。
ゲート前に戻って来た斎賀は、僕と幹彦とチビの前に立った。
「悔しいが、完敗だ。修行をやり直して、また挑もうと思う」
幹彦は困ったように頭を掻いた。
「まあ、なんて言うか、あれだ。お互い、剣の道を追求して行こうぜ。死ぬまで修行だ」
そう言って別れたのだが、ふと気付いた。
「なあ、幹彦。また挑むって、ワイバーンにだよな?」
「え……そう、だぜ?俺はそのつもり……大丈夫だよなあ?」
幹彦は目を泳がせていたが、チビが、
「その時はまた返り討ちにしてやればいい」
と小声で言ったので、笑った。
「そうだな。そうしようぜ!」
「次はドラゴンとかだったりして」
僕達はそんな冗談を言って笑った。
それからしばらくは、家庭菜園の手入れをしたり魔道具やポーションを作ったり、幹彦はナイフを作って過ごした。
チビは昼寝だ。
これぞ正しい隠居生活!
それらを販売コーナーに並べるべくエルゼのギルドへ行った。
ギルドに入ると、混みあう時間帯は避けて行ったので、カウンターの職員もたむろする冒険者も暇そうにしていた。
「ああ、入荷ですね」
いつもの職員にポーションとナイフを渡すと、頬を緩めた。
「ポーションもナイフも人気で、入荷したらすぐに売り切れるんですよ」
そう言われると、悪い気はしない。
幹彦のナイフは、切れ味がよく、錆びたりしにくい。僕達も解体用のナイフを早々に幹彦の手作りに変えているし、薙刀の刃も幹彦の作ったものに変えた。
製品を渡して納品リストにサインを入れたものを受け取り、足りなくなったものの補充に向かう事にする。
僕は六花スイレンの花弁とヒモグラの肝、幹彦はミズトカゲのウロコとヒクイガメの甲羅。どちらも、街の郊外にある森の中の池の周囲にあるはずだ。
「幹彦も鍛冶が楽しそうだな」
「おう!金属にウロコとかを混ぜるなんて地球じゃ考えられないけど、やればその性質が出るんだからなあ。まさにファンタジーだぜ」
「だよなあ」
金属は、マンション裏の採掘ダンジョンで採っている。幹彦は羨ましい事に、ついている性質なのだ。子供の頃から、アイスもお菓子もやたらと当たる。宝くじこそ買わないが、買えば当たっているに違いない。
そんな幹彦だから、ちょっと掘ればいろいろな金属がザクザクと出て来る。僕のように、珍しくもない石が出るという事も無い。
その上、襲って来るゴーレムを倒せば高確率で希少金属まで手に入る。
「ミズトカゲというからには、水の魔術の付与か?ヒクイガメは火を噴くとか」
訊くと、幹彦は首を傾けながら、
「さあ。やってみないとわからないけどなあ。例えば、ヒクイガメが火関係にしても、火を出すのか、火を斬るのか」
「火を斬る!カッコいいな!」
言いながら、目的の魔物を狩り、植物を採取する。
それで大体欲しい物を採取し終えた時、その音が聞こえた。金属の武器を打ち合うような音と悲鳴になりそこなったような声だ。
幹彦とチビは表情を引き締めて、その発生源を突き止めていた。
「誰か襲われているようだぞ」
「あっちだ!」
そう言って走り出すので、僕もついて走り出した。
森の木々の間を走って行くと、道から外れた場所で、女性が地面に倒れ込んでいるのと、こちらに気付いて逃げていく男の背中が見えた。
女性は中年に入ったくらいの年齢で、移動中の庶民という格好をしている。そして護身用らしき短剣が水仕事に荒れた手の先に転がっていた。
「バッサリやられてるぜ」
幹彦の言う通り、肩から腹にかけて大きく刃物で切り裂かれ、勢いよく血が服と地面に染み込んでいく。
「出血性ショックを起こすかも」
本人の意志を確認するにも、意識がないので不可能だ。
ポーションを取り出そうとし、それを作るためにここへ材料を取りに来ていた事を思い出した。
幹彦も同時に思い出した様な顔をした。
だったら治癒の魔術を──と思った時、新たな人物が飛び込んで来た。
「何事だ!?と、お前らか!やっぱりな。胡散臭いと思っていたぜ!」
飛び込んで来たのは、街の警備隊長だった。言いながらこちらを睨み、剣を抜いている。
チビはそんな警備隊長と僕達の間に立って、低く唸り声をあげた。
「待ってくれ!駆けつけて来たらこの人が倒れてて、男が逃げていくところだったんだ!それで今から救助活動をしようと!な!?」
「そう!」
うんうんと頷き、僕は小瓶を出した。中身はただの水だが、それを上半身を抱き起した彼女の口にあてがおうとしたが、飲めるわけもないし、誤嚥の元だ。
傷口に直にかける。
そしてこっそりと背中に当てた手から、治癒の魔術を発動させて彼女に浴びせた。
「あっちに!逃げましたよ、男!」
幹彦は男の逃げた方を指さし、警備隊長はこちらを気にしながらもそちらを見ている。
そうしているうちに彼女はうっすらと目を開け、瞬きをしてから飛び起きるように身を起こした。
「ああっ!?」
それで幹彦も警備隊長もこちらを見、彼女は周囲を警戒するように見回し、肩の力を抜いた。
「助けて下さったのですね。ありがとうございます」
警備隊長が大きく息を吐き、僕と幹彦も安堵の息をついた。
しかしこれが、厄介事の始まりだった。
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