第42話 キャンプ
エルゼでの冒険者活動にも、慣れて来た。
とは言え、日帰りの仕事しかした事は無いし、魔の森という所には行った事も無い。相当ヤバイというのがエイン達からの話でもわかり、ジビエも街の近くの森で十分だからだ。
「でも、魔の森に生えているとかいう薬草とキノコを自家栽培できれば、作れるポーションも幅が広がるんだけどなあ」
言えば、幹彦も、
「魔の森には興味はあるな。もっと強い魔物がいるんだろう?魔の森のイッカクジカとかいうシカの魔物とか」
と目をぎらつかせる。
「行くか」
チビが、ソワソワと尻尾を振って言った。
「よし。じゃあ、魔の森へ行こう」
「で、どこにあるんだ、チビ?」
僕と幹彦がチビに注目する。
「私ならすぐだが、乗合馬車だと1泊は確実だな」
「夜行馬車か」
言うのに、チビが首を振った。
「夜は泊まるものだろう」
そして幹彦が、ああ、と合点がいった様子で言った。
「野営だな?もしくは、街道沿いの村で泊まるとか。マンガとかではそうしてたぜ」
それを聞いて、僕はキャンプを想像した。
「テントがいるな!」
「ん?」
「飯盒とか寝袋とか──直火はいいのかな。焚火台はいる?」
「史緒。キャンプ用品を持ち込む気か?」
幹彦は苦笑し、しかし、目を輝かせた。
「ま、いいや。魔道具とかダンジョンでのドロップ品と言い張れば」
チビは呆れたように嘆息した。
そうして地下室からエルゼの家へと転移し、リュックを背負って乗合馬車に乗り込んだ。
チビは小さい姿になって膝の上におり、それに乗り合わせた乗客の子供が撫でようと手を伸ばしたり、幹彦にチラチラと視線をやる若い女性がいて、幹彦は必要以上にそちらを視界に入れないようにしていたりしているうちに、夕方になって馬車が停まった。ちょっとした空き地のような所で、ほかにも馬車が停まっていたし、火を起こすグループがいくつもあった。安全な野営地というところなのだろう。
「ここで野営します。朝は7時に出発です」
そう御者が言って、ぞろぞろと乗客は馬車を降りて行き、馬車に護衛として雇われていた冒険者は周囲を見廻しながら近くの同じ護衛らしき冒険者に近付いて行った。
「さて。俺達もテントの準備をしようぜ」
幹彦がウキウキと言い、空いたスペースへと移動する。
事前にチビからあまり離れると危険だと言われていたので、そこそこ馬車の近くだ。
「この辺でいいか」
言って、リュックを下ろす。
まずはテントを平らな地面に置いて広げ、ポールを伸ばして固定し、紐を引くとテント設営はほぼ完了だ。あとはペグを打って支柱を固定し、テントの上に防水の布をかけて支柱に固定する。
「ワンタッチテントは楽でいいな」
幹彦は展開し終えて満足げに言った。
「楽がいいよ、楽が」
言いながら、中に敷布を引いて荷物を入れ、夕食の準備だ。
「キャンプなんて何年振りだろうなあ」
「中学の時が最後じゃねえか、一緒に行ったの」
「ああ、そうかも」
言いながら、土を掘り、石を積み、かまどを作る。その中に木炭や枯れ枝を入れ、枯れ葉を乗せる。着火剤は使えない。木炭は、燃えてしまえば枝の燃えたものと区別がつかないだろうと思ってこっそりと使う。ライターも使うわけにはいかないので、魔術で火を出し、枯れ葉に火を点けた。そうすれば、今度はちゃんと火が回るようにうちわの代わりにオオコウモリの羽であおぐ。
放っておいても大丈夫になったので、網をセットして水の入った鍋を置いて沸騰するのを待つ。レトルトや缶詰は出せないので、保冷バッグに入れて来た肉や野菜やウインナーだ。焼きそばもだめだし、こちらにない野菜も避けなければいけない。
「マシュマロ焼きたかったなあ」
「その代わり、プリンの実を冷やして来たからデザートはプリンだぜ」
「ワン!」
湯が沸いたので、切って来た野菜とベーコン、コンソメの素を入れてスープにするのだが、インスタントコーヒーを入れたカップに先に湯を注ぐ。
「はあ」
一息ついて辺りを見れば、夕日は沈んで暗くなり、ほかの皆が火を起こしたり、焚火を囲んでいるのが見えた。
「あれ?バーベキューとかしてないな」
そう言えば、チビが言った。
「途中で獲物を捕まえたりできれば焼いて食ったりするが、まあ、携帯食料で済ますのがヒトは普通だな」
僕と幹彦は真顔でチビを呆然と見た後、
「先に言えよ」
「まあいっか」
とコーヒーを啜った。一日馬車に揺られて、疲れた。
飲み終わると、そろそろバーベキューだ。
「この前のハネウサギだぞ」
「おお、あれは弾力があって美味かったよな」
「私は塩がいいな。あ、でも、焼肉のたれも捨てがたい」
チビもかなり日本の食事情に慣れ切っている。
「焼肉のたれは持って来てないぞ。ヤバいだろ」
コソッと言えば、チビはやっと思い出したかのように
「む、仕方がない。たれは今度にしよう」
と言った。
こうして異世界初のキャンプ──じゃない、野営が始まった。
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