第43話 強盗殺人未遂

 夜空は星がきれいに見えたが、生憎と、知っている星座は一つもない。それでも、驚くほどにはっきりとたくさんの星が見えて、気分は良かった。

 順番に起きて魔物などに備えるらしいのだが、チビがいるし、結界を張っていればドラゴンでも襲って来ない限り大丈夫だと、揃ってテントの中で寝た。

 何度もこちらに寄って来ようとしていた女性がいたが、諦めたらしい。

 御者は馬車で毛布をかぶって寝ていたし、ほかの皆は、テントを用意していたり、ただ毛布やマントにくるまってごろ寝していたりしていた。

 僕達の持って来たようなワンタッチテントはやはり誰も持っていなかった。


 朝日が昇る前に小さめのアラームで起き出し、木の枝を少し燃やして昨日の残りのスープを温めながら、食パンを出す。あらかじめマヨネーズを塗って来たそこにハムとチーズと卵を乗せてもう1枚でサンドし、網に乗せる。コッペパンにはキャベツとソーセージを挟む。

 それを食べ終わってテントを畳み、集合の声で馬車に戻れば出発だ。

 そこからまた夕方近くまで乗合馬車に揺られて小さい村に着くと、そこが僕達の降りる予定の場所だ。

「今夜はここの宿に泊まって、明日の朝魔の森に出発するぞ。ほんの2時間ほど歩けば着く」

 チビが事も無げに言うが、僕と幹彦にとっては、2時間も歩くというのが普通ではない。ピクニックとか何かの訓練とかでない限り、現代日本人は、2時間も歩かないものだ。

「長いな」

「そんなに歩くのは、耐寒遠足の時以来だぜ」

 ぶつぶつ言いながら宿に向かう。

 が、唖然とした。

 ベッドが藁の上に布を敷いただけで、ランプの使用は別料金。風呂は無し。夕食はパンとスープに肉が付いただけで、朝はパンとスープのみ。それで料金は、以前泊まった宿の2日分だった。

 僕と幹彦の頭の中には、「ぼったくり」という言葉が浮かんだ。

「魔の森に近いところで、一応は塀に囲まれていて村を守る守備隊もいるという安全地帯。それでその料金だな」

 チビが小声で解説してくれるのに、こそっと言い返す。

「チビの結界の方がよほど安心だろ?」

「当然。塀や守備隊も、小物にしか通じない」

 チビは胸を張った。

「じゃあさ、森の手前でキャンプしねえ?」

 ニヤリとして幹彦が提案する。

 間違いなく危険だろう。しかし、チビがいる。

 いや、過信は禁物だし、どうだろう。

 そう思って同時にチビを見ると、チビはフンと鼻を鳴らした。

「宿の部屋も食事も大した事は無いしな。よほどテントで野営する方が居心地がいいだろう。

 よし。行くぞ」

 それで僕達は、夕焼けの迫る中、魔の森へと歩き出した。


 魔の森の手前で足を止め、テントを張って火を起こし、今日は湯を沸かしてレトルトのごはんとおかずを温めて食べる事にする。

 食後のコーヒーを飲んでいると、真っ暗な中、小さい光が見えた。

「ほかにも野営する人がいるんだな」

 言うと、チビは

「同じ馬車にいた連中だな」

と丸まりながら言った。

 幹彦は少し考えながら真剣な声音で言う。

「実は、昨日の夜中、何度か誰かがテントに近付いて来てたんだ。中を窺うような気配もしてた」

「へえ。何か用だったのかな」

 それに幹彦とチビは呆れたような目を向けて来た。

「全く。フミオは平和だな」

「強盗目的とかだったに違いねえだろ」

「ええーっ!?」

「史緒。ここは日本ほど安全じゃねえよ。地球でも外国なら日本ほど安全じゃない所はザラだし。危機感、持てよ。危ねえなあ」

「目が離せんな」

 しょぼくれる僕だった。

 何もこちらからはしないままコーヒーを飲み、テントに入って寝る。

 僕は今にも誰かが襲って来るんじゃないかとドキドキして、これまで解剖して来た他殺死体を色々と思い浮かべては、あれは痛そうだ、これは苦しそうだと考えて、いつの間にかうつらうつらしていた。

 じゃり、という小さい音がして、僕は目を覚ました。

 動きかけるのを幹彦が無言で止めており、片手には刀を持っていた。

 チビはと見ると、テントの入り口の方を見て伸びをしている。

 僕だけ寝込んでいたのか、皆も今目を覚ましたのか?

 どうでもいい事を考えているうちに、小声が聞こえて来る。

「どうやって開けるんだよ、これ」

「外から斬っちまえ」

「こんなテント見た事ねえぞ。待てよ、きっと金になる」

「この前の奴らはしけてやがったからなあ。こいつらは金持ってればいいけど」

 夜中に訪問して来た相手は、強盗殺人をもくろむ奴ららしかった。



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