エピローグ

 

模試の結果が返却されてから数日後、勇介の住む家の父親の書斎。そこに二人の訪問者がいた。


「入ってくれ」


「失礼します」


「失礼します」


 深い礼をして入る二人はともに勇介のクラスメイト。冷泉麗と三葉ジュンだ。


「2か月ぶりだな。二人とも元気だったか」


「はい、社長もご壮健そうで何よりでございます」


「ああ、ありがとう。それで、どうだ、勇介の様子は」


「はい。前回の報告の後に文化祭、そしてつい先週全国模試が行われました」


「文化祭。そういえば前回の報告の時に言っていたな。確か演劇だったか」


「はい。30クラス中8クラスが演劇を行い、今年は特別に演劇賞が設けられました。坊ちゃまと私で主役を演じ、見事演劇賞をいただくことができました」


「ほう。それはすごいな。おめでとう」


「ありがとうございます。そして先日の全国模試では、彼を抜いて全国2位」


 冷泉は隣にいる三葉を一瞥する。三葉は目を閉じ冷泉の報告に耳を傾けていた。


「順位では1つしか差はありませんが前回7教科679点に対して今回は698点。兼ねてより多かったケアレスミスもなくなり、大幅に点数が上がっております」


「そうかそうか。二人のおかげだな。ありがとう」


 勇介の父は嬉しそうに言った。


「いえ、私はご子息の良きライバルとなるよう期待され派遣されたのに、結果を出せず申し訳ございません」


 三葉は早口で言って頭を下げる。するとそれを見て冷泉が報告を続けた。


「確かに彼は坊ちゃまに点数で負けましたが、彼の存在が坊ちゃまの大きな原動力にはなっていたようです。彼がいなければ坊っちゃまの成績がここまで上がることはなかったでしょう」


「冷泉……」


 自身を庇う報告をする冷泉に、三葉は感謝の暖かい眼差しを向ける。


「ですが彼がどういった作戦で坊ちゃまのモチベーションを上げたのかには疑問が残り、その作戦内容次第で彼は反乱因子として」


「ちょ、ちょっと待って。違うのです社長。これは冷泉にはどうしても言えない作戦でして」


 三葉は慌てて弁明する。が、その必要はなかったようだ。


「良い。息子のためにやってくれていることならなんだって構わないさ。私は多忙で息子を直接見てやることができないからな。お前たちに任せてしまっていることも申し訳なく思っている」


「いえ、とんでもないです」


「これからも息子を頼む。信頼しているぞ」


 勇介の父はそう言って二人に頭を下げた。二人はそれよりも深くなるよう頭を下げた。

 書斎を出ると、二人はふうと一つ小さく息を吐いた。緊張の糸がほどける。


「……あんなこと言わなくてもいいじゃないか」


「事実ですから。私でも坊ちゃまにあそこまでのやる気を出させることはできませんでした。一体どんな策略を考えたのですか」


 勇介の部屋とは逆方向の出口に向かい歩きながら話をする。


「策略って程のことじゃないよ。やったことは君と同じさ」


「……同じ、ですか」


 冷泉は顎に手を当て考える。


「そう、同じ。やっぱり人を動かすのは感情だよ。それが良いものでも悪いものでもね。そして、坊ちゃまが一番感情を動かすことが何かは、言わなくても分かるね」


「なるほど。私の作った状況を利用したんですね」


「まあそういうことさ。……でも、その報告には坊ちゃんのことしか書いていないんだな。君のことも書けばいいじゃないか」


「坊ちゃまに関しての報告書に私のことを書いてどうするんですか」


「違うよ。君から見た坊ちゃんのことを書けばいい。客観的に見て、一番近くにいて君がどう思っているのかをさ」


「……関係ないことですので」


 冷泉は三葉を振り切るように歩みを早めた。その後ろ姿を見てため息をつく。

 強情な人だ。まだまだ先は長そうだよ、勇介。とジュンは心の中で呟いた。




勇介が壁を越えられる日はまだまだ先のことだ。

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青春の壁 山奥一登 @yamaoku

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