第23話

 

 その後、冷泉とジュンが学校で話すことが増えた。もちろん二人きりではなく友達も混ざってだが、ジュンと冷泉がセットでいることへの違和感がなくなり、当たり前のように馴染んでいた。勇介の心の中はどうにかしなければという焦りはあったものの、一体何をどうしていいのかもわからなかった。


「順調そうだな」


 智也の言葉に、勇介はああと怒気を込めて言った。




 ジュンが転校してきて2週間ほど経った頃だった。冷泉とジュンはすっかり仲良くなって、学校で一切冷泉と話をしない勇介よりジュンの方が冷泉の彼氏なのではと専ら噂になっていた。そんな話が聞こえてくるたびに勇介はギリギリと歯を軋ませた。


「もう限界だ!」


 ある日の休み時間、勇介は尻で椅子を吹き飛ばす勢いで立ち上がった。


「おい、どうした勇介」


 智也の言葉も聞かず冷泉と談笑していたジュンの元へと歩み寄った。


「ジュン、ちょっといいか」


「ん?え、ちょっと」


 勇介はジュンの腕を引きトイレへと向かった。


「どうしたんだい?」


 ジュンは袖のずれを直しながら言った。


「……冷泉と随分仲良くなれたみたいだな」


「ああ、うん、二ツ橋くんのおかげでね。本当に感謝しているよ」


 ジュンは相変わらず爽やかな笑顔で言った。


「……告白はもうしたのか?」


「ううん、最初以来していない。けれど、今度の模試が終わったらするつもりだよ」


「そうか」

 

 感情のままにジュンをここまで連れてきたものの、そこまで聞いて勇介は自分がどうすればいいのか、どうしたいのか分からなくなった。俯く勇介に、ジュンはため息をついて言った。


「君も冷泉さんが好きなんだね」


 ジュンの言葉に、勇介は驚いて顔を上げた。


「気づいていたのか」


「見ていれば分かるよ。いつも僕と冷泉さんのことを恨めしそうに見ていたからね」


 勇介は深く息を吐いて頭を掻いた。何だか自分のしていたことが急に恥ずかしくなった。


「それで、二ツ橋くんはどうしたいんだい?」


 ジュンは蠱惑的に微笑んだ。勇介を試すような表情だ。


「俺は」


 どうしたいか、具体的なことは分からない。けれど、このままジュンに盗られるくらいなら俺は。


「俺は、冷泉に想いを伝えたい」

 

 俺はジュンの顔を見てそう言った。


「そうか。それなら僕たちは恋敵だね。でも告白はタイミングも重要だ。僕はできることなら先に告白して、君にチャンスを与えたくない」


「それは……」


 ジュンの言うことはもっともだ。だが先を越されたら俺にチャンスは回ってこないかもしれない。だからと言って俺に先に告白させろ、なんて無茶苦茶な話だ。どうすればいい、勇介は考えた。


「そもそも、何で模試の後なんだ?」


 勇介は先ほどジュンの言っていたことを思い返して聞いた。元々ジュンが冷泉を追いかけてきたのも模試で1位だと知っていたからだ。何か彼なりにこだわりがあるのかもしれないと思って、ダメ元で聞いた。


「ああ。それは冷泉さんが知的な男が好きだと言っていたからさ。だから、今回の模試で僕は冷泉さんを抜いて1位になる。そうすれば、僕が唯一、彼女のタイプの男になるわけだからね」


 そういうことさ、とジュンは流ちょうな日本語で言い終えた。

 なるほど、そういうことなら、と勇介は賭けに出た。


「ジュン、勝負しよう」


「勝負?」


 ジュンは首を傾げる。


「決闘ですか?」


 ジュンはファイティングポーズをとる。長身でガッチリとしたジュンに、標準よりもやせ型の勇介が敵うわけがなかった。ノーノーと英語で否定して首を振る。ジュンがテストで冷泉に勝つつもりなら、俺がそのジュンに勝てば。


「今度の模試だ。俺がジュンに勝ったら、俺の方が冷泉の好みに近いってことになる。だから、点数で勝ったら先に冷泉に告白させてくれ」


 勇介は頭を下げた。


「模試で……。分かった、いいよ」


 ジュンは一瞬だけ考えたが、すんなりと承諾した。自分で持ちかけておいて何だがよくこんなジュンにメリットのない勝負を受けてくれたな、と思ってしまう。


「ほ、本当にいいのか?」


「うん。本当はこんな勝負受けなくてもいいんだけど、元は二ツ橋くんが本当のことを教えてくれたおかげで僕は冷泉さんと仲良くなれたわけだしね」


 そう言ってジュンはにこりと笑った。そして直後に、その笑みは不敵なものに変わった。


「それに、模試で僕に勝つなんて不可能だからね」


 ジュンはそう言い残してトイレを後にした。相当な自信があるんだな、とそう思っていた時だった。


「おうおう、すごいことになったな、勇介」


「智也」


 ジュンと入れ替わりで入ってきたのはハイテンションな智也だった。


「聞いてたのか」


「ああ、教室から出て行ったときにこれはただ事じゃない、って思ってさ。それにしてもお前がまさか冷泉さんのこと好きだったなんて知らなかったよ。ごめん」


 智也は頭を下げた。


「別にいいよ。おかげで俺も冷泉への気持ちに気づけた」


 智也はそれを聞いて、驚いたように俺の顔を見た。


「お前、変わったな」


「何が」


「7股してたやつが、一人の人をそんなに想うようになるなんて、変わったとしか言えないだろ」


「……まあ、そうかもな」


 智也に言われて、確かにと思う。きっと俺は変えてもらったのだ、冷泉に。


「頑張れよ。なんでも手助けしてやるから」


 そう言って智也は自分の胸を叩いた。


「定期テストで赤点ギリギリのやつに頼むことなんてねえよ」


「な!?何かあるかもしれないだろ!」


「はは」


 智也と二人で笑いながら教室に戻った。


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