第22話


11月も半ばに入ったある日のことだった。教室がいつもより騒がしかった。智也と二人、何のことかと思い顔を見合わせる。近くにいた工藤さんに聞く。


「ああ、転校生が来るらしいよ。しかも超絶イケメンだって!」


 工藤さんの声もいつもより更に大きい。こんな時期に転校生か、と思いつつも、自分には関係ないことだと思いそのまま席に着いた。

一応言っておくと、俺は自分のことをイケメンだと自覚しているが、別に他のイケメンに嫉妬したり劣等感を抱いたりはしない。小学校中学校でも俺よりイケメンはいたが、それでも俺の方がモテていた。顔で多少負けていてもそれを補うだけのスキルを持っていると自覚しているからだ。だから超絶イケメンが入ってきてもどうでも良かった。ただ少しミーハーな女子に比較されるだけだろう。

……その女子群に冷泉が入っていかないことを願った。

チャイムが鳴り担任が入ってくる。そのすぐ後ろには、整った顔立ちの青年がいた。身長も高くスラっとしている。ハーフのようで、瞳が青く彫りが深く脚が長い。普通にモデルにいてもおかしくないくらいかっこよかった。


「もう知っている人もいると思うが、転校生だ。彼は日本人とイタリア人のハーフで、5月までアメリカの学校に通っていたが両親の都合で急遽日本に来たそうだ。自己紹介を」


 担任に促され、転校生が頷いて一歩前に出る。


「三葉ジュンです。幼稚園の頃から、ずっとアメリカで育ちました。日本語は覚えたてですが、よろしくお願いします」


 転校生が覚えたてとは思えない日本語で言い終えお辞儀をすると、拍手が起きた。顔を上げにこりと微笑む表情は、男の俺から見ても爽やかだった。


「超イケメンじゃない?」


「やばい」


「しかも帰国子女だよ」


 あちこちで女子の声が聞こえる。確かに想像していた以上のイケメンだった。彫りの深い顔は今でも十分にかっこいいのに、それでいてどこか幼さ、あどけなさが残っている。成長すれば更にイケメンになることが容易に想像できる、ポテンシャルに満ちた顔だった。


 ホームルームが終わると、転校生は早速女子に囲まれて質問攻めにあっていた。席の周りを女子が囲い、教室の外には他クラス、他学年の生徒まで見物に訪れていた。


「すげえ人気だな」


「ああ」


 智也の言葉に相槌を打ちつつ、ちらりと冷泉の方を窺い見る。冷泉はいつもと同じく友人と話しており、その様子に少しホッとする。しかし転校生のグループから聞こえてきた声に、俺は瞬時に反応した。


「え、三葉君この前の全国模試1位なの!?」


「うん、まあね。この学校にもう一人の1位がいるって聞いてきたんだけど……」


「ああ、それならあの子だよ。冷泉麗ちゃん」


 転校生が冷泉を見た。冷泉も自分の名前が聞こえたからか、ちょうどよく振り向き、転校生と目が合ったように見えた。


「あの人が?」


 転校生は立ち上がると冷泉の席に近づいていく。冷泉もジッと転校生を見つめていた。教室がしんと静まり返る。みんなの視線が二人に向けられていた。


「えっと、何かな」


 冷泉が沈黙を破って聞くと、転校生はスッと流れるように傅いた。


「冷泉さん、一目惚れしました。僕と付き合ってください」


 いきなりのことに、誰しもが驚いた。

 急にやってきた転校生。

 そして急に冷泉に告白をした。

 俺は情報が処理できず口を開けたまま固まってしまった。あの写真さながらの間抜けな表情だっただろう。


「えっと……」


 冷泉は困っていた。どうしていいか分からず視線をきょろきょろと泳がせる。冷泉のその様子を見て、転校生は慌てて立ち上がった。


「いきなりでごめんなさい。でも、とても美しくてつい」


 転校生はあたふたしながら弁明した。


「い、いえ、大丈夫です。その……ごめんなさい」


 冷泉は珍しく本気で焦っているようだった。心なしかやや頬が紅潮しているようにも見える。転校生は冷泉にそう言われ微笑むと、何事もなかったかのように自身の席に戻った。予鈴を合図に、教室にはぎこちないながらも喧騒が戻った。



 昼休み、俺と智也はどちらからともなくトイレへ向かった。


「なんだかすごいことになったな」


「ああ」


 智也に言われ、朝の光景がフラッシュバックする。……冷泉の表情。あれはいつもの演技だったのだろうか。それとも冷泉は本気で照れていたのだろうか。動揺して上手く見分けられなかった。


「でもよ、いいんじゃないか。もしあの転校生が本当に冷泉さんと付き合ってくれれば少しは監視が緩むかもしれないぜ」


「まあ、それは確かにそうだな」


 智也の言う通りだ。少し前までならそれは願ってもないことだった。けれど今は。心の根幹をチクチクと針で刺されるような、嫌な痛みを感じる。


「あ、見つけた」


 トイレに入ってきたのは転校生だった。


「ええと、橋本くんに二ツ橋くん、だよね?」


「うん、そうだけど、俺たちに何か用?」


 智也が不思議そうに聞く。口振りから、俺たちを探していたのだろう。


「うん、さっきクラスの子に聞いたんだけど二ツ橋くんは冷泉さんと付き合っているんだってね」


「ああ、うん。そうだけど……」


「やっぱりそうだったのか……。ごめん!知らずに冷泉さんにあんなことをしてしまって!」


 転校生は勢いよく頭を下げた。本当は付き合ってなどいない。そんなに真剣に謝られると何だか逆にこっちが申し訳なくなってくる。


「いや、そんな謝らなくてもいいよ。大丈夫」


「それなら良かった……」


 転校生は胸をなでおろした。


「ねえ、さっき少し聞こえちゃったんだけど、転校生君はこの前の全国模試で1位だったの?」


「ああ!そうだよ。それで、自分が同率1位だって聞いて、もう一人の1位の人が気になってこの学校に来たんだ」


「なるほど。つまり冷泉さん目当てでこの学校に来たってことか」


「まあ、そうなるね」


 転校生は困ったように笑った。


「なあ、勇介、ちょっと。……ごめん、転校生君。ちょっと待って」


 智也は俺の肩を組んで後ろを向かせた。転校生に聞こえないよう小さな声で耳打ちする。


「おい、冷泉さんとのこと、もう言っちゃっていいんじゃね?」


「え?でも」


「でもじゃねえよ。またとないチャンスだぞ。冷泉さんに恋人ができれば、間違いなくお前にとってはいい方向に傾くぞ」


「まあそうだけど……」


 今は冷泉との恋の方が重要な気がする。いや、でも冷泉から解放されれば何股でもできるようになるわけで。そう考えるとどちらがいいのかは分からないように思えてしまった。どうすればいい……。

 俺の煮え切らない態度にしびれを切らしたのか、智也はため息をついて転校生に本当のことを言ってしまった。


「なあ転校生君!」


「ジュンでいいよ、橋本くん。それに二ツ橋くんも」


「じゃあジュン!あのな、本当は勇介、えっと二ツ橋と冷泉さんは付き合っていないんだ」


「おい、智也!」


「そうなの?でもクラスの子はみんな付き合っているって」


「実はな……」


 智也は俺と冷泉との関係を転校生、もといジュンに話した。止めようかとも思ったが、俺には冷泉一人との恋と何股もできることのどちらがいいか分からなかったし、この場で俺は冷泉のことが好きだ!と言うのもおかしいだろうと思った。



「つまり、二ツ橋くんはクズ野郎なんだね!」


「その通り!」


「その通り!じゃないわ!」


 事の顛末を聞いてジュンは俺をクズ認定した。アメリカ育ちにも7股は受け入れられないらしい。


「それじゃあ僕が冷泉さんにアタックしても、何の問題もないんだね?」


「そうだ。何ならジュンがアタックしてくれた方が勇介には有利になる」


「なるほど……。じゃあ僕、頑張るよ!」


 はにかんでガッツポーズをするジュンの顔は爽やかで、この笑顔があれば落ちない女子なんていないのではないかと思えてくる。冷泉が顔だけで選ぶような奴ではないことは知っているが不安になってくる。


「なあ、ジュン!」


「ん?何かな、二ツ橋くん」


 呼び止めたものの、何を言っていいか分からない。


「えっと、その、一応みんなの前では付き合ってるってことにしないといけないから、皆のいるところでアタックするのはやめてくれ」


 苦し紛れにそんな言葉が出た。


「分かったよ」


 ジュンは微笑んでトイレを後にした。


「良かったな、勇介。後はジュンに任せようぜ」


「あ、ああ」


 肩を叩く智也を苦笑いしながら睨んだ。もしジュンと冷泉が付き合いだしたら俺は智也の写真の両目に画びょうを突き刺すくらいに恨むだろう。冷泉がそう簡単に靡くわけがない。そう言い聞かせて心を落ち着かせた。



「なんかすごいことになっていたな。公開告白なんて、やっぱり海外育ちはやることが違うな」


「そうですね、正直びっくりしました」


 冷泉はいつも通り平坦な声で言った。そのことに安心してしまう。


「全く、一応俺たち付き合っていることになってるんだからああいうことされると困るよなあ」


「まあ、そうですね」


 俺が言うと、冷泉はふいと反対方向を向きながらそう言った。冷泉の表情は窺い知れないが、何だか声がうわずっていたようなそうでもないような……。


「何だ、意外とああいう大胆な告白とかされたいと思うのか?」


「……いえ、別に」


 冷泉はずっと横を向いたままで俺に顔を見せようとしなかった。なんだ、どっちなんだ。嫌な汗が出てくる。まさか満更でもないのか……!


「まさか、あの転校生のこといいと思ってるんじゃ」


「いや、そんなことないですよ。ただ」


「ただ?」


「顔はイケメンだと思います」


「まあ顔はね!確かにね!顔はね!」


 勇介はまるで顔だけだと言わんばかりに「は」を強調した。ただ冷泉が異性に対してそういった外見の評価を下すのはこれまで見たことのない兆候だったので勇介は動揺した。この話をしていると自分のメンタルが持たない、そう判断した勇介は当たり障りのない天気の話などをした。ぎこちない会話で何とか間を繋ぎ、気づいた時には家に着いていた。何を話したのかはまるで覚えていない。



 翌日、休み時間にジュンと冷泉の様子を見ていたがそれらしい接触はなかった。ホッと安心して二人で下校していると、珍しく冷泉から口を開いた。


「そういえば、三葉君から連絡先をもらいました」


「三葉?ジュンか」


「はい。良ければ友達に、と言って」


「へ、へえー」


 いつの間にそんなことを、と思ったが勇介もずっと冷泉のことを見ていたわけではないし、冷泉のような盗聴、地獄耳も持っていない。自分が気付かない間に渡したのだろう。


「坊ちゃまと付き合っている状態になってから久しくこういうことはなかったので、ちょっとドキッとしました」


 ドキッと?それは単に驚いたということなのか、それとも恋愛的なトキメキ的なアレなのかどっちなんだ。どちらにせよまずい。ジュンは周到に事を進めている。このままでは本当に冷泉を盗られかねない。勇介はそもそも自分も冷泉と付き合っていないことを忘れてそう思った。


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