第17話


 勇介はまず材料を調べた。プリンは基本的に卵、牛乳、グラニュー糖を使うらしい。

 そして次にそれらのプロを調べて電話をした。材料と、そしてそれを調理するパティシエも必要だ。

 二ツ橋グループの名前を出すと皆快諾してくれた。

 そして、各界のプロフェッショナルを集めることに成功した。

 『卵のことなら私にお任せください』 卵を統べる者 鶏卵 恵子

 『牛乳市場はうちが牛耳っています』 乳を搾って70年 丑野 搾蔵

 『私こそがグラニュー糖です』 グラニュー糖の擬人化 グラーニュ 籐

 『ジュラ紀から営業しています』 人類最古の肌色パティシエール 菓子 作

 集めたメンバーは世界で活躍する精鋭たちだった。勇介は夏休み後半を懸けて至高のバケツプリン作りに着手した。冷泉が帰ってこないよう、ばれないように侍女達とも連携して周到に準備を進めた。




「美味しい……」


 思わず頬が緩むくらいの甘みと、繊細な舌触り。夏休み最終日の8月31日、遂にこれだ!と思える至高のプリンが出来上がった。すべての材料の質、そして比率が完璧な、世界でトップのプリンだった。後はこれを巨大にして冷泉の誕生日に振る舞うだけだ。勇介は皆に感謝の言葉を告げ、来る3日後の冷泉の誕生日に備えた。



「冷泉、帰ろう」


「ああ、うん。ちょっと待ってね」


 冷泉は友人たちに囲まれ沢山の誕生日プレゼントを受け取っていた。相変わらず人気者だ。冷泉が定刻に学校を出ないのは予想通りだった。すぐに侍女たちと連絡を取り、最高のタイミングで食べることができるように計算していた。気温も湿度も全て計算通りだ。


「ごめん、お待たせ」


「ああ、いいよ。帰ろう」


 10分後、冷泉とともに学校を出る。これも全て計算通り。電車はいつもより1本遅い。そして駅から家に着くまでは11分と27秒。いつも通りだ。敢えて誕生日の話はしない。他愛もない話をしながら間を繋いだ。冷泉は喜んでくれるだろうか。

 周到に、色々な人を巻き込んで準備した分不安も大きい。家に近づくにつれ、心臓が忙しなく動いてきた。


「では、私はここで」


 冷泉がいつものように買い出しに向かおうとするのを引き留める。


「ちょっと待ってくれ。今日はほかの人に買い出しに行ってもらってる」


「? そうですか」


 冷泉は不思議そうに首を傾げた後、周囲を見渡して誰も見ていないことを把握してから家の門を跨いだ。もちろんこの時間の家の周りの交通量、人通りもリサーチ済みだ。


「冷泉、ちょっと用があるからホールまで来てくれ」


「えっと、はい。分かりました」


 ホール、と言うのは家で一番広い部屋のことだ。体育館のようなもので、バスケットコート2つ分くらいはある。


「何ですか、あれ」


 ホールに入ると目に入る、布で包まれている巨大な「物」を見上げて冷泉は戸惑っていた。指定の位置まで冷泉を誘導すると、バッと勢いよく布が剥がされプリンが露になり、同時に裏に潜んでいた侍女たちが飛び出して一斉にクラッカーを鳴らした。


「冷泉、誕生日おめでとう!」


「「「おめでとうございます!」」」


 冷泉は本当に驚いたようで、目を見開いて、今までに見たことがないような呆気にとられた表情をしていた。


「なんですか、これ」


「見て分からないか?誕生日プレゼントだよ」


「それは分かりますけど、いつの間に……」


「夏休みの間にちょっとな。どうだ?」


「ええ、うれしいです。すごく。わざわざありがとうございます」


 冷泉は深く頭を下げた。皆それを暖かい表情で見つめていた。とりあえず喜んでくれてよかった、と俺も胸をなでおろした。


 当然そんな巨大プリンを冷泉一人で食べきれるはずもなく、家にいる侍女や制作に協力してくれた人たち全員で食べた。ふと見ると冷泉は侍女同士で談笑しながら美味しそうにプリンを食べていた。

俺が用意した(企画しただけだが)プリンを食べて喜ぶその表情を見て、何だか胸が熱くなるのを感じた。あれ、と自分で違和感を覚えるが、気のせいだと首を振って思考を終わらせた。




「おえ、腹が……」


 全員で限界まで食べてようやくプリンはなくなった。しかしどれだけ美味しいものでもやはり胃袋のキャパシティを超えると苦しくなるらしい。全員がトイレに駆け込み、家にある10個のトイレは全て埋まってしまって、何人もが待つ羽目になった。俺もトイレの空きを待つ間、リビングのソファでお腹を押さえうずくまっていた。


「坊ちゃま」


 トイレが空いたことを報告しに来た侍女かと思って振り向くと、声の主は冷泉だった。

「お、冷泉か。どうした」


「いえ、なんでも……」


 冷泉はそう言いながらも向かいのソファにストンと腰を下ろした。冷泉は所在なさげに視線を動かして落ち着きがない。明らかにいつもと様子が違っていた。


「……お前もトイレか?」


「ちがいますよ」


 きっぱり、これはいつも通りに否定される。


「じゃあ何だ」


「……その、坊ちゃまが今回の立案者だと聞いたので、そのお礼をと思いまして」


「ああ、そういうことか」


 よいしょ、となるべく腹筋を使わぬよう意識して起き上がる。


「その、ありがとうございました。あんなに盛大に祝っていただいて、とても嬉しかったです」


 冷泉は下を向いたままそう言った。きっと照れているのだろう。何となく、本当に少しだけ冷泉の乏しい感情の変化が分かるようになってきた気がする。まあまさか俺に祝われるなんて思っていなかったのだろう。それ故に驚いて、柄にもなく照れているのだ。


「別にいいよ。俺も一応お前には世話になっているから、そのお礼だよ」


「……そうですか」


 何だか思っていたよりも素直に喜んでもらえて、俺も照れくさくてややぶっきらぼうになってしまう。冷泉は下を向いてそう言ったまま、ジッと動かず俯いていた。いつもなら用が済んだらすぐに帰りそうなものだが。

 と、そこで恋愛偏差値だけは無駄に高い勇介はこれが話をするチャンスだと悟った。冷泉は今いつもより明らかに心を開いている。慣れないことをされて、感情が揺れている状態なのだ。これは一気に仲良くなる、あるいは恋愛を意識させるチャンスだ。考えろ!こういう時の会話を。最速で仲良くなるための話題を考えろ!かんが


「坊ちゃま!トイレ空きましたよ!」


 俺が超高速で思考を巡らせていると、侍女の声が俺の思考を遮った。

 後で行く、と言いたかったがお腹がぎゅるぎゅると音を立ててすぐ行けと急かしてくる。


「行ってきてください、坊ちゃま」


 冷泉はふっと少し微笑んで立ち上がった。リビングを去って行く冷泉の後ろ姿を、俺は腹を押さえながら見守るしかできなかった。


「くそ……」


 俺はトイレに駆け込んで深いため息をついた。

 せっかくのチャンスだったのに……。




 翌週の放課後、いつも通り二人で帰っていると、そういえば、と冷泉は思い出したように言った。


「なんでプリンだったんですか?」


「え?だって、お前はプリンが好きだって情報をもらったから」


 それは確かな情報のはずだ。


「あ、もしかしてあっちのプリンですかね」


 冷泉はスマホを取り出して画像を見せてきた。全身ピンク色の一頭身で、大きな目と口。世界的有名ゲームタイトルの図鑑ナンバー39のキャラクターだった。


「プリン違いかよ……」


「坊ちゃま、なんであれ私は嬉しかったですから、気を落とさないで下さい」


 そう言って冷泉は落ち込む俺の肩を叩いた。その言動に俺は驚いて冷泉を見た。


「何ですか」


「……いや、別に」


 素直に励ましたりボディータッチをしたり、些細なことではあるが今までの冷泉にはない行動のように思えた。今回のことで好感度が少しでもプラスに傾いたのかもしれない。だが訝しげに俺を見つめる瞳は相変わらず冷たくて、すぐに気のせいかもしれないとも思えてくる。冷泉の気持ちはさすがの俺にも理解が追いつかない。

 7人と同時に付き合う方がよっぽど簡単だった、とそう思った。


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