第16話


夏休みに入った。うだるような暑さが続き、俺と智也はゲームをしながら夏休みを消化していた。冷泉には終業式以降会っていない。


「夏休みの宿題やった?」


 カップアイスを食べながら智也が聞いてくる。俺もいつも前日にやるタイプだったから、やっていない焦りを共有したかったのだろう。しかし俺は彼女達と別れ暇を持て余していたため、少しずつではあるが確実に宿題を消化していた。


「あと半分くらいだな」


 予想外と言わんばかりに智也は驚いた。


「マジか。俺何もやってねえ」


「ちゃんとやれよ。後で面倒くさいぞ」


 去年まではそちら側だったくせに偉そうに言う。一瞬の間が空いた後、智也は会話の糸口を探すように言った。


「冷泉さんとは最近どうだ?」


 智也の言葉に、勇介はため息をついた。


「どうもこうもねえって。あいつ夏休みはずっと家にいないし、連絡しても無視か1日1回返事返ってくるかだしよ。もうお手上げだ」


「まあ好感度低いままだもんな……」


 容姿を変えてから若干の態度の軟化はあったものの、それでも依然冷たい態度を取られている。マイナスが大きすぎて、ちょっとやそっとプラスを加えても焼け石に水なのだろう。


「どうにかしないとなあ」


 独り言のように呟くと、あ、と智也が声をあげた。


「そういえば冷泉さんって、9月が誕生日だろ?」


「え、そうなの?」


 初耳だった。


「ああ。クラスの女子が話してるのを聞いたから、多分間違いないぜ」


「そうか、誕生日か……」


 好感度を一気に上げるチャンスだ。




「冷泉様ですか?確か9月の3日が誕生日です」


「3日か。ありがとう」


 侍女に聞くと、すぐに明確な日付は分かった。9月3日。カレンダーをめくると金曜日だった。平日ならば冷泉は確実に俺の監視をしているはずだ。プレゼントを渡すチャンスは無限にある。

 問題は何をどう渡すかだ。最大の効果を得られるものを渡したいが、冷泉の好みなど知る由もない。本人に聞いても恐らく「特にないです」「大丈夫です」と返されるに決まっているし、それにもし聞き出せたとしても、それを渡すのは予定調和すぎて効果が薄まる。

 この作戦は冷泉にばれないように進めなければ。

 俺はちょうどすれ違った侍女に聞いた。下手をすればこの会話も全て冷泉に届く可能性がある。だからこう言った。


「サプライズ、ですか?」


「そう。冷泉にはいつも迷惑をかけてるから、誕生日にサプライズでプレゼントを渡したい」


「なるほど。では冷泉様には内密にさせて頂きます」


 その侍女は嬉しそうに笑い、人差し指を口元に置いた。計画通りに、あっさりと口封じには成功した。


「助かるよ。それで、冷泉の好きなものとか知らないか?」


「好きなものですか……。私は存じ上げないので、他の侍女たちに当たってみます」


「ああ、頼むよ。くれぐれも冷泉の耳には入らないように」


「承知いたしました」



 数時間後、部屋に先ほどの侍女がやってきた。


「坊ちゃま、分かりましたよ。冷泉様の好きなもの」


「なんだ?」


「プリンです」


「プリン?」


 何だか至って普通の物で拍子抜けしてしまう。プリンなんてシンプルすぎてサプライズが逆に難しい。高級品を渡そうにも俺より冷泉の方が何倍も金持ちだ。


「他には何かないか?」


「他ですか……。何か昔好きなお笑い芸人がいたらしいんですけど……」


 嫌な思い出がよみがえる。


「それは知ってる……。そうだ、その芸人を呼べば」


「あ、えっとそれが、調べたところ既に芸人を引退しているようでして、依頼は困難かと」


「……そうだったのか……。他には?」


「他には……。申し訳ありません。これくらいしか冷泉様の情報は得られず」


「いや、いいんだ。ありがとう。ちなみに、その情報は誰からのものなんだ?」


「はい、えーっと、冷泉様のご学友の方と、幼少期より懇意にしていたベテランの侍女の方、そして冷泉様のご両親からの情報ですね」


「情報源が確実すぎるな」


 数時間でそれだけの情報元を調べてくるとはうちのグループの侍女の調査力はどうなっているんだと驚くも、それだけ近い人たちから情報を得てもこれだけなのか、とがっくりもしてしまう。

 冷泉はそこまで好きなものが少ないのだろうか。どうやら俺はプリンで冷泉を喜ばせるしかないようだ。しかしプリンで喜ばせるなんてどうすれば……。

 ただ高いプリンは意味がない。ではほかには。家の中を歩き回って考えていると、床掃除をしている侍女とすれ違った。


「これだ!」


 急に大きな声を出した俺に、侍女は驚いていた。




『巨大バケツプリン?』


「そう!とてつもなく大きいものを用意したいんだ。しかも味も超一流の!」


『うむ……。中々難しそうだが、冷泉君はそれで喜ぶのか?』


「絶対に!」


『それなら……。あの子には私も世話になっているからな』


「じゃあ、いい?」


『分かった。金額は気にするな。やれるだけのことをしなさい』


「ありがとう、父さん!」


 勇介は電話を切った。よし。これで予算はほぼ無限に近い。プロを雇って、最高のバケツプリンを作り上げるぞと意気込んだ。

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