第15話
「冷泉ってさ、好きな男子とかいないの?」
「急に何ですか」
明らかに冷静は不審がる。だがここで慌ててはいけない。あくまで「世間話の一環ですよ。特に深い意味はないですよ」というテンションをキープし続けなくては。
「いや、何となく気になってさ」
「……そうですか。まあ、特にいないです。今は坊ちゃまの彼氏役やらされていますし好きになっても付き合えないですから」
「そうなのか。いないのか」
「はい」
冷泉はあまり話を続けたくないのか、いつもより更に態度が刺々しかった。しかし臆してはいけない。
「じゃあ、今まで好きになった人とか付き合った人とかは?」
冷泉はまたも露骨に嫌そうな顔をした。
「特にはいないですけど。ほんと何なんですか急に」
「いや、何でもないって。今日智也がトイレでそんな話しててさ」
勇介は少し焦って、そして躊躇なく友達を売った。
「……そうなんですね。トイレで恋愛話って、橋本君はちょっと変わってますね」
「そうそう。あいつ前から変なんだよ」
友人を売ったことに若干心が痛んだ。しかし智也のおかげで少し冷泉の緊張が緩んだ気がした。
「そうですね、あ、昔見た目が好きな人はいました」
冷泉はやや上を向いて、思い出すようにそう言った。冷泉にも見た目の好き嫌いがあるのか、と少し驚いた。
「へえー、どんな人だったんだ?」
「あまり覚えてはいないですけど、スキンヘッドだった気がします」
「ス、スキンヘッド?」
「はい。もうほんとつるつるでしたね」
「そうか、スキンヘッドか……」
好感度のためだ。仕方ない。その日の夜、侍女にバリカンを用意してもらった。
「お前、どうした」
翌日の登校中智也は俺の頭を見て言った。頭を、だ。髪はもうない。
「何でもないよ。最近ちょっと暑くなったからな。さっぱりしたくて」
登校中の会話も冷泉の耳に入る。冷泉のタイプだから、と言うわけにはいかなかった。
「いやだからってそんな。さっぱりってレベルじゃねえぞ。出家したのかと思ったぜ」
智也は見るからに動揺していた。恐らく昨日の作戦のことは分かっているはず。この動揺は冷泉の趣味に動揺しているのか、それかお前そこまでするのか、という動揺のどちらかだろう。前者だったら俺も驚いたし分かる。しかし後者だったら智也は俺を甘く見すぎだ。俺は恋愛するためなら死ぬ以外何でもやる覚悟がある。
だが智也以外も驚いているようで、制服を着たスキンヘッドが電車に揺られる様は自分で見てもかなり異質だった。いつもより周囲の視線を感じる。
しかしそんなことはどうでもいい。冷泉の反応次第で、この大胆なイメチェンの結果は変わるのだ。
学校に着くとより多くの視線を頭皮に感じた。教室に入ると一瞬ぴたりと喧騒が静まり返って、そしてすぐに何事もなかったことを装うかのようにみんな無理して会話を再開した。俺はそれを意にも介さず、冷泉の目をジッと見つめていた。
冷泉は俺を見て、一瞬驚いた後ににこりと微笑んだ。学校で見せる演技的な笑顔ではあるが、しかしそれは笑顔には変わりない。手応えアリだ。冷泉の周囲の女子はざわついているが、冷泉はにこにこしたまま。確実に悪い印象にはなっていない。
イメチェンは成功だ。
「どうだ、この頭」
本音を聞くべく、下校中に話を振った。
「とても似合っていますよ。清潔感があります」
「だろ?昨日冷泉とスキンヘッドの人の話をしたから、何となくしてみたくなったんだ。スースーして気持ちいいよ」
勇介はすっかり感触の変わった頭を撫でる。
「そうなんですね。昨日の今日だったので少し驚きました」
「まあ、それに一応彼氏役だからな。彼女の好みに合わせないと」
俺が冗談交じりに言うと冷泉は笑った。二人きりの素でいる時に冷泉が笑うことはめったにない。まさかスキンヘッドにするだけでこれほどの変化があるとはと驚く。
冷泉は意外と見た目を重視するタイプなのかもしれない。
……これはもっと探ってみる価値がある。
「ほかに、好きだった人の特徴とかないのか?」
「そうですね……」
冷泉は顎に手を当てて数歩分考えた。
「あ、眼鏡ですかね」
「眼鏡か。どんな眼鏡だ?」
「えっと、縁は黒で、すごく太いです。で、レンズがまん丸でした」
「なるほど……」
勇介の頭には漫画などに出てくるガリ勉キャラが頭に浮かんでいた。冷泉は変わった趣味なんだな、と思いつつも家に帰ってすぐにメイドに発注を頼んだ。翌日には縁が太いまん丸眼鏡が届いた。
かけて鏡を見てみるが明らかにモテる男ではない。まあでも冷泉は色々と変わっている奴だし好みのタイプも少し変なのだろうと考えた。耳に重さを感じながら登校した。
智也は駅で俺を見るとため息をついて、それ以上何も言わなかった。
「おはよう」
教室の、いや、登校中にすれ違った人々全員の顔が引きつっていた。けれど冷泉はにこにことほほ笑んでいた。
「どうだ、この眼鏡」
「似合ってます。知的で素敵だと思います」
心なしか冷泉は昨日よりも更に上機嫌に見えた。このままいけば見た目だけで好感度はすぐに手に入れられそうだ。もう一息、と探りを入れる。
「ほかに、何かないのか?」
「他、そうですね……。毛を剃っていた気がします。頭だけじゃなく、眉毛も」
「なるほど」
毛はなければないほど良いということなのか?一昔前は眉がないくらい細い男もいたし、冷泉の好みはやや古臭いのかもしれない。
「い、いいんですか坊ちゃま」
恐る恐るといった声で侍女が問いかける。しかし俺に迷いはない。
「ああ」
「本当にやってしまいますよ?」
「うん。やってくれ」
電動カミソリの駆動音が響く。俺は侍女の一人に頼んで眉毛を全て剃ってもらった。
毛はなるべくない方がいいだろう。こういうのは想像を超えてこそ相手を驚かすことができる。そう思いまつ毛も剃ってもらった。見える限り顔のすべての毛を剃った俺は冷泉にとってとても魅力的な男に映る、はずだ。
翌日学校に着くと相変わらず冷泉は俺の顔を見てにこにこと微笑んでくれた。これで好感度はばっちりだ。後はこの上がった好感度を利用してアプローチをかければ。
「おい、ちょっと」
机に鞄を置いてすぐ、智也に腕を引かれトイレに連れていかれる。
「お前、それどうした」
「どうって、イメチェンだイメチェン。これが冷泉の好みらしいんだ」
智也はため息をついた。
「お前、多分それ騙されてるよ」
「騙されてる?そんなわけない。現に冷泉はどんどん心を開いてくれている」
「じゃあお前、鏡をちゃんと見てみろよ」
智也に言われ手洗い場の鏡を見る。イメチェンしてからも鏡は見ている。別に何も思うわけがない、そう思っていたのだが。
「誰だこれ……」
鏡に映る自分を自分と認識するのに時間がかかった。これまでも鏡を見ていたはずなのになぜ今になってこんなに焦るのだろう。
ブワッと、全身から嫌な汗が滲んだ。
「信じ切っているときは騙されていることに気づかないだろ?冷静になって、騙されてるんじゃないかと思って見ると、急に目が覚めるもんだ」
智也の言う通りだった。これまでは気分がハイになっていて、自分の顔を見ているつもりになっていただけなのだ。まじまじと鏡の中の自分を見ると、頭痛がしてきた。
「帰る」
フラフラとトイレから出て、逃げるように家へと帰った。
「騙したなお前!」
勇介は家で冷泉を呼び出し詰め寄った。珍しく怒る俺を、侍女たちが心配そうに見ていた。スキンヘッドに眉毛まつ毛がない学ランの男が怒っている様はさぞ恐ろしいものに映るだろう。
「騙してなんかいないですよ。私は昔好きだった男性の特徴を正確にお伝えしただけです」
「嘘つけ!こんな顔のやつがどこにいるんだ!」
勇介は自分の顔を指さして言った。冷泉はため息をついてポケットからスマホを取り出した。
「いるんですよ。私も坊ちゃまの顔を見て思い出しました。……この人です」
スマホを操作して、画面を勇介に見せる。そこに映っていたのは一昔前に流行った、いわゆる一発屋のお笑い芸人だった。確かにスキンヘッドで、パーティグッズのガリ勉眼鏡をかけている。ブレイク中、番組のドッキリで眉毛とまつ毛を全て抜かれたらしい。
……確かに実在する人物だった。
「小さい頃この人をテレビで見て、珍しく大笑いしたんですよ。今でもそれを覚えていて、何だか笑顔になれるんです」
冷泉の言っていることは筋が通っていた。怒りが風船の空気のように、フシュ―と抜けていく。
「そういうことだったのか……」
勇介はへなへなと床に膝をついた。侍女たちに頼んですぐにウィッグと付けまつ毛、アイブロウを発注させた。
「すっかり元通りだな」
「ああ。でも朝が大変だよ」
勇介は侍女たちに手伝ってもらいながら、自分を元の顔にするためのメイクに毎朝1時間を費やしていた。
「それだけ苦労しても結局好みは分からないままだろ?徒労だな」
「ああ。あ、でも……」
眼鏡をかけた時の冷泉の言葉を思い出す。
『知的な人は素敵だと思います』
「知的な人?」
「なんだそれ。結局テストでいい点とれってことなんじゃねえの?」
「……そうかもしれない」
結局、振出しに戻っただけだった。
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