第14話
相も変わらず休み時間にトイレにいたのは勇介と智也だった。
テスト結果の発表からまた休み時間のほとんどをトイレで過ごすようになり、1週間が経っていた。7月に入りいよいよ夏の暑さが牙を剥き始め、トイレは以前よりムシムシとして更に居心地の悪い場所になっていた。
「……このまま恋ができずに俺の高校生活は終わってしまうのか」
勇介は虚空を見つめながら言った。まるで世界が終わるかのような言い方だった。
「まあ、恋以外にも楽しいことは色々あるって」
「そんなこと言ったって、勉強を楽しいとは思えないし、部活もやってない。そうなったらもう恋しかないじゃねえか」
「……まあ確かにそうだけど。ていうかずっと思ってたけどさ、好きな人もいないのにそんなに恋がしたいのか?」
「うーん、まあ。付き合っていけば勝手に好きになっていけるし、それに俺はあの難しいことに夢中になっていく感覚が好きなんだよ」
「ふーん。俺にはよく分からないな。まあでもつまり、相手は誰でもいいってことなんだよな」
「まあ特にこだわりはないな」
「じゃあ冷泉さんと恋すれば?」
智也の何気ない言葉に、勇介は固まった。
言葉の意味を認識することができずに一瞬脳がフリーズして、その後しっかりとその言葉を自身の中で反芻してようやく理解することができた。
その手があったか、と思うのと同時にこれまで全くその可能性に至らなかった自分に驚いた。
「冷泉さん可愛いし、勉強もできるだろ。まあ性格はお前から見たらあれかもしれないけど、他の人からは人気者じゃん。超いいと思うけど」
確かに智也の言う通りだった。冷泉は性格こそ多少あれだが、俺の中の低い恋愛対象ハードルは余裕で越えている。冷泉のことを今までそういう風に見たことがなかったから、智也に言われなければ、俺だけでは一生その案は出てこなかったと思う。
「冷泉は俺にとって恋愛禁止の象徴みたいなものだったからか。全くその発想が浮かばなかったよ」
「どんなイメージだよ」
「そうか、冷泉か……。確かにあいつと恋をすれば父さんにもばれないしわざわざテストで満点をとる必要もない。最高じゃないか!」
「まあ冷泉さんが振り向いてくれれば、の話だけどな」
「ふっ、俺を誰だと思っている?」
勇介は自信ありげに笑みを浮かべる。智也は対照的に苦笑いだ。
「そう!7股できたのはそもそも俺のモテスペックがあったからだ!俺が全力で落としに行けば冷泉だって落ちるに決まっている!」
「相手はあの冷泉さんだぞ。そう上手くいくかねえ」
「やってやる!とりあえずもうすぐ夏休みだしな。デートに誘ってみる」
「ごめんなさい」
一刀両断即断即決だった。勇介にとってデートを断られるのは初めてだった。思っていた以上にダメージがでかい。
しかしここで引いてはいけない。溢れそうになる涙をこらえながら聞いた。
「一応聞くけど、なんでだ」
「夏休みは忙しいんですよ。侍女の講習もありますし資格の勉強も。既にスケジュールがほぼすべて埋まっているんです」
「そういうことか……」
坊ちゃまとどこかに出かけるなんて絶対に嫌だからです、的な答えじゃなくてひとまず安心した。予定が埋まっているなら仕方がない。うん、冷泉も仕方なく断ったに違いないと自分に言い聞かせた。
「そうなんです。すみません。あ、でも監視はほかの人にしっかりお願いしてますので、変な気は起こさないように」
「お、おう……」
冷泉は抜かりない女だ。
「あっさり断られたと」
「ああ。意外とダメージくるもんだな。しかもじゃあこの日にしましょう、とかもない。先は長いぜ」
「お前、冷泉さんからの好感度なさそうだもんなあ」
「まあ最初から7股野郎として出会っているし、その後も結構迷惑かけてるからな。好感度なんてあるわけがない」
「断言できるレベルなのか……。じゃあデートの前に好感度上げるところからじゃないか?7股の勇介はそういう時どうしてたんだ?」
「うーん」
勇介はこれまでの恋を振り返った。しかし思えば好感度がマイナスな状態からの恋愛は経験がない。ある程度話して好感度が高くなったらアプローチをかける、あるいは向こうからアプローチをかけてくる、というのが勇介の経験してきた恋愛だった。好感度を上げるために特別何かをした記憶はないから、そうなると自分の経験は役に立たなそうだ。では逆に俺が興味のなかった女の子からの場合はどうだろうか。興味のなかった相手からアプローチされた時、彼女はどうアプローチしてきただろうか。7人の元彼女達を一人一人思い出していく。
「見た目だ」
「見た目?」
「ああ。ユリたんは最初ロングだったんだけど、俺がショート好きって言ったらショートにしてきた。それで可愛い、って思って俺からアプローチしたんだ」
「つまり、お前が冷泉さんの好みに寄せれば好感度が上がるかもってことか」
「そうだ!早速冷泉に好きなタイプを聞いてみる」
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