第9話


「なあ、休日ってどう監視されてるんだ?」


 智也がある日言った。


「どうって、俺には見えないところにいるんだよ。7股がばれたときも全部見られていたし」


「それって、毎日冷泉さんがやってると思うか?」


「どういうことだよ」


「だって、学校も行ってお前の監視もして、土日もずっとお前のこと見てるって、それじゃ休みないじゃん」


「ああ、確かに」


「お前がずっと勘違いしてるだけで、本当は休日とかは見られてないのかもしれないぞ」


 智也はこのトイレでの会議を面倒くさがりながらも、しっかりいいアイデアをくれる。


「じゃあ、土日は監視がない?」


「かもしれないな」


 智也はニヤリと笑みを浮かべる。

 勇介と智也は土日で外出して調べることにした。




「いるか?」


「いや、いない」


 勇介と智也はことあるごとに周囲を見回して警戒を続けた。近所のショッピングモールに少し遠くのアミューズメント施設、映画館にちょっと洒落た洋食店、様々なところに出かけたが冷泉の姿は一度も見えなかった。

 日曜の夕暮れ、ファストフード店の端の席で二人はこそこそと話をしていた。


「盗聴器は恐らく全部外してから来たし、冷泉の姿も見えない。これは、土日は監視がないということで確定だな」


「ああ、俺もそう思う。これだけ周囲を警戒してたら絶対1回は見つかるはずだからな」


「ということは、休日は自由ってことか!」


 勇介は言いながら目頭が熱くなるのを感じた。長い道のりだった、とこれまでの苦労やトイレ会議のことを思い出した。


「俺は!自由だ!」


 勇介は思わず叫んだ。休日が使えるなら恋愛するなんて楽勝だ。


「ありがとう、智也」


「いいってことよ。この二日間、全部お前の奢りだし!」


 グッと固い握手をする。二人はビジネスマンも唸るほどの素敵なwin―winの関係を築けていた。


「じゃあ調査も終わったしそろそろ帰るか」


 会計を済ませ出入り口に差し掛かったところで、勇介は席にスマホを忘れたことに気が付いた。咄嗟にUターンすると、ドンと勢いよく後ろにいた女性にぶつかってしまった。お互いに尻もちを搗く。



「すみません!大丈夫ですか」


 勇介が立ち上がり、慌てて声をかける。


「は、はい!大丈夫です」


 その人は急いでいるのか、せかせかと立ち上がる。


「これ、落ちましたよ」


 智也はその人が被っていた帽子を手渡す。

 あ、ああ、すみません、とどうもまた不自然なくらいに焦って、帽子を目深に被った。


「すみません、失礼いたします」


 ぺこりと頭を下げて女性は店を出た。


「なんか急いでたのかな」


 智也が言うも、勇介はジッと女性の後ろ姿を見つめていた。


「どうした、勇介」


 勇介は答えない。どうしたのだろうと思い視線を逸らすと、女性が尻もちをついた先に財布が落ち

ていることに気が付いた。


「やべ、あの人のだよな。急いで届けないと」


 智也が走りだそうとした時、勇介が智也の肩を掴んだ。


「なんだよ、早く行かないと見失っちまうよ」


「いや、大丈夫だ」


「大丈夫って何が」


「どのみちそれは俺の家に行くからな」


 智也は勇介の言葉の意味が分からず首を傾げる。そして数秒考え、あ、と小さく声をあげた。


「冷泉だけじゃないんだ。俺を監視しているのは」


 勇介は頭を抱え、フラフラと千鳥足で歩き始めた。


「その、ドンマイ」


 一度希望を抱いただけに勇介のショックが大きいことは智也にも容易に想像ができた。落ち込み小さくなった親友の背中を見るのは少し心が痛かった。




 その日の夜、勇介は店でぶつかった侍女に家で直接財布を渡した。


「あ、あれ、なんで、そんなところにあったんですかねえ。私行ってないのに。不思議ですねえ」


 その侍女は演技が下手だった。誰もが冷泉のように優秀というわけではないようだが、監視がいることに変わりはない。




「ああ、ばれたって言ってました」


 翌日、冷泉にその話をすると、冷泉は意外にもあっさりと実情を教えてくれた。あるいは威圧、牽制のつもりでわざと教えたのかもしれない。


「社内に坊ちゃまの監視チームがあるんですよ。いつもは私営の探偵を雇ったりして、もし都合のつかなそうなときには侍女とかグループ内で事情を知っている人に依頼しています」


「そんな組織があるのか……」


「はい。基本は私が監視してますけど、やはり休みたいときもありますからね」


 すごく疲れるんですよ、と冷泉はため息交じりに言った。


「昨日はあの人が一人で監視してたのか?」


「いえ、土曜日曜で合計30人くらいですかね」


「30人!?そんなにいたのか!」


 勇介が驚くと、冷泉はため息をついた。


「坊ちゃまがいろんなところに出かけるからですよ。行く先々全てに万全の体制を敷こうとしたら結果的にその人数になってしまったらしいです。最後のファストフード店では、その時にいた客のほとんどが監視チームの人になっていたみたいです」


 その言葉に唖然とした。言われてみれば帽子を被っている人やマスクをしている人が多かった気がする。

 30人……。

 智也と二人がかりで気づいたのはたまたまぶつかった一人だけだ。とてもじゃないが休日にも恋愛するなんて不可能じゃないか。

 勇介は大きく深いため息をついた。

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