第10話
「別のクラスで申請なしにバイトをしていた生徒が厳重指導となった。バイトするときはきちんと申請書類を学校に提出するように」
担任は朝のホームルームで連絡事項を告げた。バイト、という言葉で俺はひらめいた
「智也」
「ん、ああ」
ちょいちょいと前の席の智也の肩を叩くと、もはや言葉もなしにトイレへ向かう。
「なんだ、いい案思いついたのか?」
「ああ、バイトだ、バイト」
「バイト?金なら山ほどあるだろ」
「違うよ。バイト先、特に店の裏方とかなら監視されないと思わないか?」
「ああ、なるほど」
智也は納得してポンと手を叩いた。
「関係者以外立ち入り禁止の場所ならさすがにあいつも監視できないだろう」
「確かに。よく考えついたな」
「早速この辺のバイトを調べてみる」
早速ネットで高校生のバイト募集記事を調べ、その日のうちに面接の連絡を入れた。もちろん、冷泉に悟られないようにトイレで。
「よし」
鏡を見て自分の身だしなみが整っているのを確認してから意気揚々と面接へ向かった。
今日まで冷泉からバイトに関する話は振られていない。絶対にばれていないはずだ。
勇介がバイト先に選んだのは近所のファミレスだった。理由はファミレスには可愛い子が多いとネットに書いてあったからだ。
店に着くと店長が接客的な笑顔で出迎えてくれた。そのままスタッフルームに通され、ゆるい面接が行われた。
「二ツ橋勇介君。……二ツ橋高校!頭いいんだね」
「いえ、そんなことないですよ」
勇介はよそ行きモードで愛想良く振る舞い、面接を楽々こなした。
「じゃあ、来週の金曜から来てくれるかな」
「はい!ありがとうございます!頑張ります!」
勇介はわざとらしいくらい大きなリアクションをすると、店長は嬉しそうにうんうんと頷いた。そして咄嗟に声色を恐る恐るといった感じに切り替えて、それとなく聞いた。
「あの、僕と同い年くらいの人っていますか?」
「ああ、ホールとキッチンどっちも高校生が10人はいるよ。1年生の子も3人いるから安心して」
「そうですか」
勇介はわざとらしく胸をなでおろす。
「ちなみに男子は……」
「男の子もいるよ。どちらかというと女の子の方が多いけどね」
「そうですか……」
勇介は少し残念そうな演技をした。心の中ではガッツポーズが出ていた。
どんな女の子だろうか、と勇介はまだ見たこともない同僚に思いを馳せていた。
これでもし冷泉にばれたとしても、冷泉が入ってくるまでの少しの期間は監視がない状態でいられる。冷泉が来る前になるべく早く女の子と仲良くならなければ。それにもし冷泉がバイトとして入ってきたとしても、毎回シフトが被るわけではない。冷泉と被らない日は話し放題だ。
……完璧な作戦じゃないか。
勇介は勝ちを確信していた。
金曜日。
智也と遊びに行くから一緒に帰れない、と冷泉に言おうとしたところ、この日は冷泉から一緒に帰れないことを先に伝えられた。これまでにはなかったことなので珍しい、何かあるのだろうかと思いつつも眼前に迫っていた恋愛チャンスを逃すまい、とすぐに思考を切り替えた。
一つ深呼吸をして店に入る。すぐに店員が駆けつけた。
「いらっしゃいませー」
「何でお前……」
冷泉はニコニコとした笑顔で俺を出迎えた。
「新人の二ツ橋さんですね」
冷泉はわざとらしくそう言った。数秒してから店長が出てくる。
「やあ二ツ橋君。今日はよろしく」
「店長、この人は」
何とか平静を保ちながら問いかける。
「ああ、冷泉さん?ちょっと前に入ってもらったの。ちょうど二ツ橋君が面接に来た次の日かな?ちょっと事情があって、採用されたらすぐにでも入りたいって言うから、一足先に入ってもらっていたんだ。そういえば冷泉さんも二ツ橋高校だったね。もしかして二人は知り合い?」
「はい、同じクラスなんです」
冷泉は学校と同じ仮面を被り笑顔で言う。
「おお、そうなんだ。二ツ橋君、同年代がいるか不安そうだったし、知っている子がいてよかったね」
店長は嬉しそうに言った。俺は必死に作り笑いをした。口角が引きつる。
「頑張ろうね、二ツ橋君」
冷泉はまたもわざとらしく言った。しかしまあ絶望することはない。シフト次第では冷泉がいない日もあるのだ。少し難易度は上がったがゆっくりとその日を狙っていけばいい。そう切り替えて一日目のバイトを乗り切った。
オリエンテーション的な業務ともいえないバイトが終わった後、次のスケジュールの確認をされた。
「明日って入れたりする?」
「ええ、ちょっと確認します」
店長に言われ、スマホを取り出すふりをしてちらりと明日のシフト表を確認する。冷泉の名前はない。早速のチャンス到来だ。
「はい、大丈夫です!」
「そっか、それじゃ明日もよろしくね」
翌日の土曜、出勤してすぐに俺の教育係に指名されたらしい高校2年生の女子、中野さんと二人きりでマニュアルの読み合わせなどを行った。つつがなくそれらを終えると、時間が余ったのか「少しまったりしていて」と店長からお達しを受けた。
二人きりで話すシチュエーション。
絶好のチャンスだった。持ち前のコミュ力で雰囲気を作って、思い切って彼氏の有無を聞こうとした時だった。
「二ツ橋君って、冷泉さんと付き合ってるんでしょ?」
そう言われて肩がピクリと揺れた。
「いいよねえ、カップルでバイトなんて。しかも冷泉さん超美人で仕事もあっという間に覚えていくし。あんな子と付き合えるなんて二ツ橋君、幸せ者だね」
俺はここで恋をすることを諦めた。既に冷泉と俺が付き合っているという事実は全員が知っており、俺と冷泉は気を遣われてセットでシフトに入れられることも多くなった。
その後俺は別のファミレス、カラオケ店と二つのバイトを受けたがその全てに冷泉がいた。そして当然のように俺と冷泉の関係も周知されており、俺がバイト先で恋愛できる可能性は潰えたに等しかった。
一体どうやって先回りしているのか、冷泉に聞いたが「秘密です」と言って教えてくれなかった。スマホも監視対象なのかもしれない。が、智也のスマホで申し込んでも、公衆電話から申し込んでも結果は変わらなかった。バイト先でシフトが被らない時もあるが、とてもじゃないが恋愛はできそうにない。
「お前、今日もバイトなの?」
「ああ、今日はカラオケ。人が足りないみたいで」
「もうどうせ恋できないんだからやめちまえばいいのに」
智也は無責任に言う。まあ確かに俺がやめても大したダメージもないだろう。だが俺にはやめられない理由があった。
「馬鹿お前、もしバックレたりしたら冷泉から父さんに報告がいく。そうなったら別の罰が落ちる可能性があるだろ」
「そういうことか。大変だなお前も」
全くだ、と勇介は思った。目的は達成できないうえにバイト3つ掛け持ちする羽目になってしまった。
「いらっしゃいませえ」
勇介の気だるそうな声が店内に響く。
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