第6話


「なあ、登校の時は一緒じゃないのか?」


 ふと疑問に思い、下校中に聞いた。学校から駅まで数分、電車に10分ほど乗った後、また駅から家まで歩いて10分ほど。家に近づき、周囲に人がいないのを確認すると冷泉はいつもの無表情に戻る。


「さすがに同じ家から出て行くのはまずいと思いまして」


「? それなら同じ家に帰るのもまずいだろ」


「私はこの後夕食の食材の買い出しがありますので。帰りは一緒に家には入りません」


「なるほど」


 そういう配慮はあるんだなと考えながら、要するに登校中は監視がないじゃないか、と思い至った。



 翌日の朝、智也と待ち合わせて登校した。

 監視がないということは、登校時に同じルートの女子と仲良くなることは可能ということだ。

 一つのチャンスも逃さぬように、と智也と会話をしながらすれ違う女子達をちらちらと見ていた。


「おい、お前彼女いるだろ?」


 俺が女子を見ていることに気づいた智也は諭すように言う。


「あいつは彼女なんかじゃないよ」


 智也は俺のその言葉に驚いて呆れるように言った。


「あんな美人の彼女がいてそんなこと言うなんて、最低だな」


 智也はまだ誤解しているようだった。

 仕方ない、と思い事情を説明した。

 これからは智也に協力してもらうこともありそうだし、話しておくに越したことはないだろう。7股のこと、冷泉の正体を簡潔に教えた。そして、俺は言いつけを守る気はないということも。


「お前、最低だな」


 返ってきた言葉は先ほどとさほど変わらなかった。

 自覚はしているつもりだ。


 電車に揺られて学校へ向かう。二ツ橋高校以外にも3つの高校が同じ最寄り駅にある。つまり、同じ学校に限定しなくても他校の女子と仲良くなるチャンスは十分にあるということだ。むしろ冷泉との噂が知られていない可能性が高い分他校の方がチャンスは多いかもしれない。

 でもあの監視の中、どうやって付き合えばいいだろう。そうこう考えているうちに学校に着いた。


「ねえ橋本君、ちょっといいかな」


「俺?うん、何?」


 俺たちが教室に着くなり冷泉は智也に話しかけてきてそのまま教室から連れ出した。智也と俺は何だろうかと顔を見合わせるも、言われるがまま智也は冷泉の後を追った。

 気になりはしたがまあいいかと切り替えてスマホをいじっていると、数分して冷泉だけが教室に戻ってきて、何事もなかったかのように友達との会話に戻った。智也が一緒じゃないことを不思議に思っていたところ、また数分してから智也が戻ってきた。

 フラフラと足元がおぼつかない様子だった。


「おい、智也、どうした」


 智也は顔面蒼白で、目は虚ろに光っていた。


「智也?」


 智也は答えない。タイミング悪くチャイムが鳴る。



 帰りのHRが終わると、智也はサーッと逃げるように教室を出て行ってしまった。

 何があったのだろうとその後ろ姿を見送ると、入れ替わるように冷泉が帰ろうと声をかけてきた。


「なあ、智也に何したんだ」


 電車を降りて、周囲に人がいなくなったのを確認してから冷泉に聞いた。周りに人がいるときに聞いても「え、橋本君?分かんない……」とはぐらかされてしまいそうだったからだ。


「坊ちゃま、登校中に私との関係を橋本君に話しましたよね。そのことを橋本君が口外しないように軽く圧力をかけただけです」


「軽く圧力って……」


 一般の高校生は軽く圧力をかけられることに慣れてないから、智也があんな風になるのも無理はない。

手段に関しては聞かないでおこう。怖い。

それよりも問題なのは、なんでこいつが登校中の俺と智也の会話を知っているかだ。


「お前、まさか」


 急いで学ランを脱いで確認すると、背中に学ランの黒と同化した小さな機械を見つけた。取り外したそれを、冷泉はサッと俺の手から奪った。


「坊ちゃまのことですから、どうせ監視のない登校中に他校の女子と仲良くなってやろうとでも考えているのだろうと思いまして」


「だからってお前なあ」


 全て見透かされていたようだった。怒りがふつふつと湧いてくるが冷泉は俺の感情など気にもせず歩き続けていた。もし怒鳴っても何をしてもこいつには効かないだろうと思うと怒るのも馬鹿らしくなってしまう。


 ため息をついて、明日からは身につけるものの隅々まで調べてから家を出よう、と決意した。


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