第3話


どうすればいいんだろうか。




翌日も勇介は考えていた。

 頭が鈍く痛む。

 思考がまとまらず、何も行動する気になれなかった。


……下手な別れ方をすると最悪包丁を持ち出されるかもしれない。これまで自分が彼女たちのためにと思ってしてきたことが全て仇になってしまっている。別れようと言ってもそう簡単に別れてくれる子はいないだろう。

 でも時間がない。

 考えがまとまらないまま、ベッドの上で寝返りを打つばかりだった。


 午後になり、勇介はようやく起き上がった。

 昨日電源を切って放り出したスマホの電源を入れる。

 このままでは埒が明かない。考えなんてなくてもやるんだ。俺のコミュ力があれば穏便に別れることだってできるはず。そう自分を鼓舞した。


『大事な話がある』


 勇介はそうメッセージを送って部活で知り合った他校の後輩であり4番目の彼女、あかりを公園に呼び出した。あかりは比較的サバサバした性格で、連絡などもほかの6人に比べて頻度が少なくても満足してくれる。当初から彼氏彼女というよりどちらかというと友達に近い関係を望んでいたため、あかりが一番別れやすいと踏んだのだ。彼女とのやり取りを通して今後の別の彼女たちの傾向と対策を立てていけばいい。


「どうしたの、ゆう君」


 あかりは不安そうな表情で俺の顔を覗き込む。ドキリと心臓が揺れた。用意していた言葉たちが逃げ出してしまう。


「大事な話って、なに?」


 あかりは不穏な気配を察知しているのだろう。いつもよりしおらしくて、勇介の心を罪悪感が満たす。しかしこんなところで躓いていたら残りの彼女達と別れるなんて不可能だ。心を鬼にして、渇いた口で言葉を発する。


「実はさ」


 あかりは勇介をジッと見て言葉の続きを待っている。

 勇介は必死に考えた。

 どうすれば角を立てずに別れられるだろうかと。そこで、嘘をつくことにした。成績が落ちたことで、親に彼女と別れてこいと言われてしまったという嘘を。実際成績は落ちていたしそのことがきっかけになっていたのだから間違いではない。真実を含んだ嘘こそ最も騙しやすいことを勇介は知っていた。


「この前の全国模試、ひどい点数でさ。親にあかりたんとのことがばれちゃって、別れて来いって言われちゃったんだ。……だから、ごめん!」


 勇介は言い切ると同時に頭を下げた。


「そんな……」


 勇介の読み通り嘘は迫真の説得力を孕んであかりを欺くことに成功した。あかりは口を押えて目を見開いた。


「ごめん。でもうちのことは話したことあったよね?父さんが俺を跡取りとして考えているから、少しの成績ダウンも許されないんだ」


 あかりは足元に視線を落として動かない。


「ごめん」


 勇介は目の前で項垂れている彼女から目を逸らした。


「でも、ゆう君勉強してたよね?そんなに頻繁に会ってもないし、勉強があるからって連絡も少なくしてたじゃん!」


「うん、そうなんだけどさ。やっぱりどんどん勉強が難しくなって、勉強量が足りなくなってきたというか」


 痛いところを突かれてしどろもどろになる。


「おかしいよ!そんなの!」


 あかりは下を向いたまま叫んだ。初めて聞く彼女の怒声にぎょっとした。


「私、ずっと我慢してたのに。ゆう君の勉強の邪魔をしたらいけないと思って、会おうとか言わずに我慢してたのにさ!ひどいよ!」


 あかりは泣きながら勇介に抱き着いた。勇介の肩が涙で濡れる。


「私、ゆう君のお父さんに直接話してくる」


「え、ちょっと」


 不意に歩き出そうとするあかりを急いで食い止める。


「それはできない。もう父さん出張で海外だから」


「じゃあ電話させて!」


「いや、それは」


 あかりは悲しみが怒りに変わったようで、目を血走らせながら拳を固く握りしめていた。

 父に連絡されるのはまずい。嘘もばれてしまう。どうする。彼女の怒りを鎮めてこの場を丸く収める方法。勇介は考えに考えて、この場で最もしてはいけないであろうことをしてしまった。

 勇介もパニックになっていたのだ。これはダメだと考える前に、体が行動を起こしていた。それはこの場を丸く収めるためだけの行動であり、この場では最善だったが後のことを考えると最悪ともいえる手段だった。


「大丈夫。俺が父さんを説得するよ。…ごめんね」


 勇介はそう言ってあかりを抱き締めた。直後、やばい、と心の中でつぶやいた。しかし時既に遅し。あかりは再び大声で泣き出し、勇介を離すまいと思い切り抱き締めてきた。



あかりと別れた後、いや、別れられずに別れた後、というのが正しいだろう。勇介はとぼとぼと背中を丸めて歩いていた。

 大きなため息ももう何度目だろうか。大失敗だ。

 あと6日あるとはいえあかりとここから円満に別れられるビジョンが見えない。ほかの6人もまだ残っている。あかりとのことだけを考えているわけにもいかないのだ。こうなったら別れずに誤魔化す方法を考えるしかないか。


「失敗でしたね」


「ああ、ってうお!」


 すぐ隣から声がして驚く。当たり前のように冷泉が並んで歩いていた。


「いつの間に」


「ずっと監視しておりましたので。周りに人もいないので隠れる必要もないかと」


 そういえば監視されていたんだっけ。すっかり忘れていた。


「全部見たのか」


「ええ。あと6日ですけど、あんな調子で全員と別れられますか?」


「難しいな。あかりが一番楽だと思って選んだのになあ。それに泣かれるとさすがに罪悪感あるよ」


「まあ、全部坊ちゃまの自業自得ですけどね」


 冷泉の冷たい言葉にムッとするも、本人は素知らぬ顔で前を向いていた。


「なあ、俺が全員と別れた、ってことにできないか?」


 冗談交じりっぽく提案する。内心は本気だった。


「……それはできません」


「だよなあ」


 勇介はそれを聞いてガクリと肩を落とす。


「けれど、一つ方法があります」


「え、なんだ?」


「詳しくは言えません。ただ、それをすれば確実に全員と別れられると思います」


「本当か?俺はどうすればいい」


「ひとまず何もしなくて大丈夫です。私の方で準備を進めておきますので。全て準備が整ったらお呼びいたします」


 あまりに都合のいい話に勇介は胡散臭さを感じたが、自分がさっきと同じような思いを何度もしなくて済むと思うと冷泉の提案は天啓のように思えた。


「分かった。お前に任せるよ」


「承知しました。では、坊ちゃまは今まで通りお過ごしください」


 勇介は冷泉にすべてを託した。丸投げしたと言ってもいい。




 翌日、高校受験の合格発表があった。成績が落ちたとはいえ勇介の学力は全国でも上位であることに変わりはない。県内トップの公立、私立、滑り止めにと受けた私立高校2つすべてに合格した。


「合格だよ!おめでとう!ゆう君!」


 一緒に合格発表を見に来てくれていた最初の彼女、美紀は勇介の合格を自分のことのように喜んでくれた。


「ありがとう、みきたん」


 数日で冷泉がどうにかしてくれる、そう考えていた勇介は言われた通り普段と変わらず過ごしていた。

 のだが、その日の夜を境に彼女達からの連絡がピタリと途絶えた。

 さすがにおかしい。

 いつもなら遅くても1時間以内にはみんな返事をしてくれるのに。


 不信に思いはしたが、きっと冷泉が何か策を講じているのだろうと思い気にせず漫画を読み始めた。自身の知らないところで何かが起こっているという恐怖よりも、煩わしいことを自分で行わずに済むという喜びの方が勝っていた。この時、勇介は既に全てが終わったのだと勘違いしていた。

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