26.シュテファニ、独白

私はシュテファニ・アイブリンガー。現アイブリンガー家の当主です。


先日、ひょんなことから、亡き父が結んでくださった婚約がなくなり困っていたところ、学生時代から良くしていただいているバルシュミーデ家のルトガー様が、新たな結婚相手を探してくださるとおっしゃいました。


総務省からは、私に紹介できる人はいないと返事が来たので、後がない私は、結婚相手についてはすべてルトガー様に任せました。

そしてその間、鉄道事業を取り仕切っておりますので、建設予定の地域を回ったり、自領の様子を見に行ったり、魔道具の開発に勤しんだりしていました。


そうそう、この度新しく、ゆで卵が美味しくできる魔道具を作りました。箱の中に印のところまで水を入れ、たまごを入れ、蓋をしてスイッチを押したら3分でゆで卵ができ上がります。固茹でから半熟、黄身とろりの三段階の設定があり、我が領地で皆さんに試しに使っていただいたところ、大変好評です。お子さんでも安心して使えますからね。


そうこうしているうちに、屋敷にルトガー様がいらっしゃって、結婚相手は自分だとおっしゃいました。

そんなまさか、次期公爵様が? と思いましたが、きっと、他になり手がなかったから、でも引き受けたからにはという責任感で、ご自身の身の回りを整理して名乗り出てくださったのでしょう。


そんなお気持ちを無下にすることもできず、これを逃したらもう後はないと思いルトガー様のお申し出を有難く受けることにいたしました。


めでたく婚約を結ぶことができたのです。


ルトガー様といえば、学生時代からよくお世話になっていました。授業外でも無償で手伝いをしろという横暴な教師がいたのですが、学びにもならないことは無理だと言って断ったのです。しかしその場で詰め寄られ、ザビが物理的に壁になっていてくれたのでその手に掴まれることはなかったのですが、でもあまりにもしつこいから「もうやっちゃっていいですか?」と言われ、さすがに教師に暴力はダメだと制止しつつも困っていたら、その後ルトガー様が現れて追い払ってくださいました。そのときは放課後に父と約束していたのでとても助かりました。


ほかにも、昼時に食堂で幻のS定食を頼めたことが嬉しくて足取り軽く席に着こうとしていたところ、あら、あれは誰だったかしら? 確か伯爵家の……まあ、その伯爵令嬢が、食堂は込み合いますから、どなたかの足に躓いてしまったのでしょう。トレーに乗せていた飲み物をこぼしてしまって、それをザビがかぶってしまったのよね。その時もルトガー様は、彼女を優しくエスコートしてどこかに連れて行っていましたね。きっと服にお茶がかかっていたから着替えを促したのでしょうね。優しい方です。


そうそう、私が作る魔道具に興味を持ってくださったのも、ルトガー様くらいでした。


昔から、生活をちょっと便利にしてくれるような魔道具をよく開発していました。

器に野菜や果物を入れると粉々に切ってくれる、例えばスープを作るときに重宝する魔道具で、これは領地のレストランでも家庭でも喜ばれました。

ほかにも、特別な光を発する魔道具があって、これは、どうしても落ちない古いシミにかざすと、その汚れが分解されてたちどころにキレイになるというものなのです。


なかなか市場では、身を守るような魔道具はよく売れるのですが、独自に開発した私の魔道具たちは、そんなものなくてもいいだろうと人気がなく商品化はしていません。


しかしルトガー様は、そのようなものの構造にも興味をもっていろいろ質問してくださいました。


自分のやっていることに興味をもってくださるのはとても嬉しく思っていました。



私の好きな色は、深い海の青です。ルトガー様の瞳は吸い込まれそうな青なのです。


私の好きな花はラナンキュラス。あのときも、ラナンキュラスの花束をくださいました。


私の好きな、王宮でしか食べられない苺のパイを、昔からよく差し入れてくれていました。


私の名前を呼ぶ、あの低音だけれど甘い声を、昔から好ましく思っていました。


思い返してみれば、いつもあの方の顔が、声が浮かびます。

先日婚約破棄したあの気持ち悪い男との思い出なんて、ほぼ無いに等しいです。


そういえば、あの時も、あの時も、そばに居て励ましてくれていたのはルトガー様だったのではないかしら。

父が亡くなったとき、体面を守るために葬儀には出席したけれど終わるとすぐに帰っていった元婚約者。そのあとそばにいてくれたのはルトガー様だったわ。

侯爵位を継いだばかりで寝る間もなく働いていたときに無理をし過ぎてもよくないと助言をくださったのも、事業が軌道に乗ったときにお祝いしてくださったのも、婚約破棄したとき力になってくださったのも、屋敷のみんなと、ルトガー様です。


私はずっと、あの方のこと……。



「好き、だったのかしら?」


「うん?」


「あ、ルトガー様……。いついらしたの?」


「ふっ。つい先ほど。眠そうだな? 今日はもう、終わりにするといい。ほら。」


「ええ……たまには早く終えましょうか。」


「夕飯は外に行かないか?」


「外ですか?」


「ああ。たまにはいいだろう。エーリカさんには伝えてある。」



この優しい人と、これからの人生を共にします。



きっと、いい家族に――




いい夫婦に、なれるでしょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る