12.「早く交代こねえかなぁ」

間もなく、フーゴの気持ち悪い動きをする手先がシュテファニにたどり着こうという時だった。


破壊された窓枠に外からの光を受けて人影が映る。それは、呆れと嫌悪と怒りを含んだ声でこう言った。



「マジキモいっすね。」


「なっ!」



声がしたほうへ弾かれるように振り向くフーゴだったが、向き切る前に、人影・ザビに蹴り飛ばされ壁に打ち付けられた。



「ったく、何だってんだコイツは。」


「ザビっ」



護衛が来たことで安心と、今までの恐怖もあり一気に涙を流すシュテファニ。

ザビは蹴り飛ばしたものが動かないことを横目で確認するとすぐにシュテファニに寄った。



「あーあー大丈夫ですか? 主。


……服が、めちゃくちゃだな。そうか。とりあえずコイツは殺っときますか。」



シュテファニの乱れた服を見てさらに怒りが湧いてきたザビは、すでに気を失っているほぼ裸のフーゴに、懐から出した暗器を向けた。



「だい、じょぶよ。ボタンが、飛んだだけっ……なにも、ない。平気っ、だから。」


「……平気って顔じゃないですよ。ほら。」


「っ!」



たどたどしく話すシュテファニは、ガチガチと震えていた。未遂だし平気、なんて言っているがとても怖かったのだろう。

それはそうだ。イッちゃった目の男がピーをピーしながら詰め寄ってくるなんて恐怖でしかない。そして気持ち悪い。


ザビは自身の上着をシュテファニに掛け、自分が触れて抱き上げても大丈夫か確認してから、横抱きにして執務室を出た。安心したのか、大人しく抱えられているシュテファニだった。


騒ぎを聞きつけて慌てて来た使用人たちにフーゴの捕縛を任せて、執事に簡単に事情を話し、途中合流したユジルを連れてシュテファニの寝室に入る。



ザビが、抱えてきた主人をそっと寝台に座らせるように置くと、ユジルはすぐに水差しからコップに水を注いでシュテファニに渡した。



「ありがとう。」


「いえ……。」



ユジルはそのままうつむいてしまう。自分が休みを取っているうちに主人が襲われたのだ。気にしないわけがなかった。



「窓割れる音したっしょ? 結構な爆発音で、訓練所でも聞こえたから外から回ってきたんですよ。そしたら執務室の窓辺りすごいことになってっから、慌てて下から登ってきました。」


「そう……ほんとうに、ありがとうねザビ。助かったわ。」



ザビの登場でとても安心したシュテファニ。心を込めてお礼を言った。

その横で、うつむいていたユジルが、顔を上げる。



「お嬢様……お傍を離れてすみませんでした。」


「いいのよユジル。私が休んできてって言ったんだし。気にしないで。今、傍にいてくれたら、それでいいから……。」


「はい……。離れません。」



侍女と主人とはいえ、女同士の絆を見せつけられたような気がしたザビは、何となく居づらさを感じた。



「俺は、出てましょうかね。」


「いいの。ザビも、いてほしい。」


「そうですか。」



シュテファニにとっては、身近にいる大切な人だということは性別では変わらない。

フーゴに襲われ怖い思いをしたというのはあるが、だからといっていつも自分を守ってくれるザビが嫌だなんてことはなかった。ザビが抱き上げてくれたときも、シュテファニは安心したのだ。


ザビはいつものように、護衛としての位置についた。



「私がいるからいい。ザビは出てて。」


「なんでだよ。主は居ろって言ってるだろ。」


「訓練してたんでしょ? 汗臭い。お風呂へどうぞ。」


「お前な、汗かいてるヤツは汗臭いと思ってるな?」


「そりゃそうでしょ。」


「違うんだなぁ。イケメンは汗かいても臭くねーんだよな、これが。」


「いけ、めん……?」


「なにそんな、その言葉初めて聞きましたーみたいな顔してんの。そんなわけないでしょ。」


「ふ、ふふっ」



シュテファニが落ち着くまでたわいない話をしながら、二人は傍に控えていたのだった。









「おいっ、俺を誰だと思っているんだ! 侯爵だぞ! こんな扱い許されない!!」



アイブリンガー侯爵邸から引き渡された男を聴取している王都警備隊のクルト。相手がまともな状態ではなく、言っていることも的をえないので困っていた。



「あんた暴れるからさ、危ないでしょ? 侯爵かなんか知らないけど、大人しくできないならそのままよ?」


「ほどけ! 縄で縛られる趣味はない!」


「いや俺だって男縛って喜ぶ趣味はないよ……。」



日々町のゴロツキを相手にしているようなクルトだったが、それはそれで単純なので扱いは楽だった。しかし、たまにある貴族相手の事件はいろいろなしがらみがあるので正直めんどくさい。



「早く夜勤の交代こねえかなぁ……。」



ただただ、このわけのわからない自称侯爵様から解放されることを願うクルトだった。




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