10.「大事な体に怪我はないか?」
総務省で、結婚が可能な男性を調べてくれと依頼したシュテファニは、リストアップしたものを後日家に送ってもらうよう手配して帰宅した。
やることは婚約破棄や結婚相手探しだけではないので、帰宅後はいつものように執務にとりかかる。もうすぐ昼食の時間だ。
「主、さっきの公爵家のご子息とは仲良しでしたよね。」
「ルトガー様? ええそうね。学生時代からよくしていただいているわ。」
「お相手に充分では?」
「充分過ぎるわよ。次期公爵様よ?」
「全て投げうって婿入り! なんて、ロマンスですね。ふふっ。」
「私にロマンスは似合わないって? 自分で言って自分で笑わないでよ、もうっ。ふふっ。」
手を動かしながら護衛の軽口に付き合うシュテファニ。
この人には幸せになってもらいたい、と長年付き添うザビは思っていた。
一番古い記憶は、スラムで腐ったパンを食べてお腹を壊した時のこと。ザビは、気づいた時から親がいない孤児だった。その辺に落ちているものや残飯を漁りなんとか生きていた。
ものごごろがついた頃には店先に並ぶ商品にも手を出していた。
それから、何でも屋と称して探し物から窃盗や強盗、復讐の請負から暗殺者の真似事まで、生きるためになんでもやった。
ある日、請け負った仕事の最中に運悪く捕まってしまい、サンドバッグにされた挙句面白半分でナイフを何本も体に突き立てられた。
ここでもう、死ぬかもしれない……と意識を手放す直前に、ザビの前にキラキラと光るものが現われた。朦朧とした意識の中、ただじっと、見ていた。
「あなた、死ぬの?」
「…………ああ……」
「もし死ななかったら、わたしのものになってくれる?」
「……ああ……いい、ぜ………」
「やった! 約束よ?」
命を救われた。それが、シュテファニとの出会いだった。
その後ザビが聞いた話では、シュテファニは当時そういう自分だけに忠実なナイト、みたいなものに憧れていたらしい。お嬢様のために生きてます!みたいなシチュエーションに萌えるーなどと言っていたと記憶している。
実際ザビは、お嬢様のために死ねる!なんてキャラじゃないのだが、降りかかる火の粉を吹き飛ばすくらいは彼女のことを気に入っている。
なので、今日も今日とて傍に控えているのだった。
「お嬢様、昼食の用意ができました。」
「ありがとう。」
その後ユジルが呼びに来たので食堂へ移り、エーリカさんが作ったオリジナルレシピのスパゲティペロリンチーノを食べた。
ペロリンチーノは、『ペロリンと食べれる少量の』という意味である。この場合は、『ペロリンと食べれる少量のスパゲティ』だ。ペンネの場合は『ペンネペロリンチーノ』になる。味付けはさまざまなものがある。今日のはアサリのペロリンチーノだった。
食事を終えると午後は、鉄道事業の進捗状況を確認するため近々各地を回る予定があるので、そのスケジュール作成に取り掛かっていた。
ザビは侯爵家の私兵のうちの何人かと訓練の約束をしているらしく、ティータイムの頃まで別行動だ。専属侍女であるユジルは先ほどまで控えていたが、今のうちに休んでくるよう言って下がらせた。
部屋にはひとりだ。
「やっぱりドルムントには三日は滞在できないわね。二日で終わらせるとすると、今のうちから現地の伯爵家に当日の資料を送って見ておいてもらわないと……ふぅ。時間が足りないわね。」
追加で作成する資料をメモすると、必要なものを書庫に取りに行く。ひとりでは持ちきれない量だったので、いくつかのファイルを手に取り残りはあとで運んでもらう指示をして部屋に戻った。
「さて、これを元に――」
資料を机に広げ、目的の項目を確認し新たな紙に写していく。シュテファニの目がインク壺に行くと、だいぶ減っているのに気がついた。
あとで足さなければいけないな、と思ったそのとき――
突然室内の窓に外から強い衝撃がありガラスが割れた。驚いて見ると、そこには追い出したはずのフーゴ・バーデンがいたのだった。
「少し出力を間違えたかな?」
「フーゴ、様?」
「ああ、すまないシュテファニ。大事な体に怪我はないか? 魔道具の設定を間違えたようだ。
それとプレゼントの花を……ああ、残念だが今の衝撃で散ってしまったな」
フーゴは、初めて自分で買ったシュテファニへの贈り物を、ぐちゃぐちゃになった花束を、その場に投げ捨てた。
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