9.「やっちゃえってことですか?」
息子を連れ帰った日の翌日(シュテファニが王宮の神殿に行っている頃)、バーデン侯爵は悩んでいた。
フーゴの父であるバーデン侯爵も、現在アイブリンガー侯爵は空位だと思っていた。可愛い息子が苦労しないですむように選んだ入り婿先で、間もなく結婚する息子が侯爵位を継ぐものだと、そう思っていた。
しかし自身が把握していなかった6年前の法改正により、女性でも爵位を継げるようになっていたので、前アイブリンガー侯爵が死亡した時に、国王の承認を得てひとり娘のシュテファニが侯爵となったという。シュテファニにも、前侯爵にも、男兄弟はいなかったのだ。
前侯爵が生きていれば、話は違っていたかもしれない。女性が継げるといってもまだ新しい制度だ。シュテファニの父が生きているうちに婿入りしていれば、余程のことがない限り婿であるフーゴが侯爵になっただろう。
バーデン侯爵はそう考える。実際、何も学ばず領地にも事業にも興味がないフーゴが侯爵位を継げたかというと、それも怪しいものだ。
「なんてことだ……。」
だが、今そんなタラレバを考えていても仕方がない。バーデン侯爵は、どうしたら息子が侯爵になれるかを考えた。
「ねえフーゴ。今までの女性たちとは別れたって言っていたわよね?」
「すまない母上。俺ははめられたんだ……。ほ、ほかの女とは切れているんだ。ただ、ウーラが……あの女が、シュテファニは悪女だって、俺がかわいそうだって……。
助けてあげるからって言われて、シュテファニがそんな、男を取っ替え引っ替えだなんて話をされて、わけがわからなくて……。」
「まあ……! なんというひどい女なのでしょう! やはり下位貴族はだめね。」
フーゴはフーゴで、嵌められた説を押し通している。さすが母親は同情的だ。うちの子になんてこと! と憤りつつ、ついでに下位貴族をひとまとめにして蔑んでいる。
「とにかくお前は、あの子爵家の女に騙されたんだな? それでいいんだな?」
「そうです、父上。」
「ではそれで、子爵家からは慰謝料を取れるだけ取ってシュテファニ嬢には詫び状を書くか。」
「詫び状? シュテファニにですか?」
「ああ。フーゴは浮気などしていない、あの女があることないこと言って、無理やりフーゴを誘惑したんだ、と。」
それは詫び状というのだろうか。釈明文とでも言ったほうがいいのではないかと思える内容だ。つまり言い訳だろう。
「そう、そうなんですよ。やはり父上は分かってくださる!」
「もちろんだ。あとは、そんな噂を流される方にも問題があると、きちんと指摘しておこう。」
「優しいですね、父上。シュテファニのほうにも、自身の行いを改め気をつけてもらわなきゃいけません!」
「ああ。そうだな。」
詫び状はどこかへ行ってしまったようだ。
男にだらしないと噂が流れるなんて、シュテファニこそ浮気しているんじゃないかとバーデン侯爵は思っていた。
もちろん、それは昨日フーゴが苦し紛れに言った作り話だから、そんな噂流れていないのでそんなことはありえないのだが。
しかし、数年付き合っていて侯爵夫人にまで望んでいたはずのウーラを、このようにいとも簡単に切り捨てて保身をはかるとは、フーゴという男はほんとうに最低である。
「とりあえず、屋敷に戻ったら、なんでもいいから既成事実を作りなさい。女はとくに、それがあればもう別れられないだろう。」
「既成事実って……え? やっちゃえってことですか?」
「ああそうだ。女は結婚時の処女性が重視されるからな。シュテファニ嬢と肉体関係を結べれば、結婚も早まるだろう。侯爵云々はその後考えよう。お前も、ほら、そっちには自信があるんじゃないか?」
「ああ、そうですね。いろいろと女を喜ばせる技は持っています。」
「いい案ね。フーゴに迫られて嫌がる女性なんていないでしょうし……きっとシュテファニさんも、求められているって喜んでくれるわよ。」
「そうか、わかりました。シュテファニと性交して、離れられなくすればいいんですね。」
なんともゲスい家族である。しかし、ここにいる誰もがそれを良いことだと信じて疑わない。
シュテファニとフーゴが関係を持てば、そのまま結婚一直線だ。シュテファニには迷惑な話だが、確かにこの人たちにとってはいい結果でしかない。
昨夜追い出されたばかりのフーゴだったが、バーデン邸で昼食を食べたあと、さっそくアイブリンガー邸へ向かった。
自分が何をやったかなどもはや頭になく、シュテファニと関係を持つことだけを考えている。
途中、気持ちばかりの贈り物として、花屋で適当に見繕った花束を持って足取り軽やかに屋敷に向かった。
皮肉にも、それが初めてフーゴが自分で選んだ婚約者への贈り物だった。
「シュテファニも、ウーラのような魅力はないが胸がでかいからな。やはり間に挟ませて口に突っ込むのがいいか……ウーラはいろいろやってくれたからシュテファニにも仕込むとするか。ああ、いいな。それは楽しみだ。」
最低である。
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