8.「結婚なら私とすればいい。」
シュテファニとフーゴの婚約が成ったのも、ルトガーがシュテファニと出会ったのも、高等課程第一学年のときのことだった。なのでルトガーとシュテファニは、婚約者がいる友人として適切な距離を取って付き合っていた。
それでも、熱心に課題をこなし、父親と共にアイブリンガー侯爵領を領民の声を聞いて回ったり、10年計画で実施されている鉄道事業にも見識を深めたりという精力的な彼女を好ましく思っていたルトガー。
シュテファニが突然の不幸で父親を亡くしたときも、婚約者がいるのだからと出しゃばりはしなかったが、それでもルトガーは、自分に出来ることがあれば頼ってくれと直接伝えていた。
まさか、今になって婚約破棄するので新しい結婚相手を紹介してほしいと言われるなど、想像もしていなかった。
「なに? バーデン令息が?」
「そうなんですの。昨日、家に帰ったら寝室で女性と。」
「昨日?」
「ええ。昨日のことです。」
ルトガーがことの次第を聞いてみると、それなりに良い付き合いをしている仲なので腹蔵なく教えてくれたシュテファニ。婚約破棄の原因は、どうやらバーデン令息の浮気のせいだと知った。
しかし、浮気をしていたからと昨日の今日で婚約破棄を既に神殿に申請したという。さすが行動派の彼女らしいと思ったが、相手側の粗相とはいただけない。
大切な友人が傷つけられたのだ。
ルトガーは今度こそ、自分に頼ってほしいと思った。
「何か、力になれることはないか。」
「ええ、ありがとうございます。もし結婚相手になっていただけるような方がいらっしゃるようでしたら紹介してほしいと思います。」
「結婚なら私とすればいい。それより、あなたを傷つけたその連中を――」
「まあ、ルトガー様が私と?」
「そうだ。それより相手の女は――」
「いえいえ、次期公爵様が何をおっしゃいますか。いやですわ私をおからかいになって。」
「からかってなどいない。我が家は三兄弟だ。私がいなくても公爵家を継ぐものはほかにいる。喜んで婿に入ろう。」
「またまた、ご結婚も間近でしょう。そうそう、フェーベ侯爵令嬢はお元気ですかしら? 最近忙しくしているのであまりお茶会などに参加できなくて。」
「ああ、彼女は元気だが、フェーベ令嬢とは婚約を解消しよう。彼女とは政略結婚だ。公爵家に嫁げれば文句は言わないだろう。マルクは婚約者もいないし問題ない。」
「ふふっ、マルク様も優秀でいらっしゃいますものね。よかったら我が家にお婿さんに来ていただけないか聞いてくださいませ。それでは私はこれで失礼しますわね。」
「あ、いや、シュテ――」
ごきげんよう、と行ってしまったシュテファニ。伸ばした手を下ろし、ルトガーは思案する。
今の、自分との結婚の話は完全にスルーされた。なんなら次男を婿に、と。まあそれは仕方ない。冷静になってみれば、公爵家を継ぐことが決まっている嫡男だし婚約者もいるのに女侯爵と結婚して婿に入るなんて実現性の乏しい話だ。冗談と思われても仕方がない。
しかし、自分が結婚相手になろうなどと、そんな話が咄嗟に口から出てくるとは、思った以上に彼女のことを諦めきれていなかったのか、あわよくばと言う気持ちがまだあったということだ。
それに気づいたルトガーは、この好機を逃してたまるかと、シュテファニの婿の座を手に入れるため奔走するのだった。
「総務か……。人事院で結婚が可能な人物を探すのだろうな。それなら――」
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