第42話 イベント開始!
「えー皆さん!! 秋など存在しないかのような、過酷な残暑の中、我々『エコロジアース』のイベントにお集まり頂き、大変ありがとうございます!」
どこで見つけてくるんだと思う程に太い、青縁の眼鏡をかけた男が、サークル棟正面のだだっ広い駐車場に用意された特設ステージで、マイク片手に意気揚々と演説している。駐車場に停められた車の少なさは、夏休みの影響だけではない。奴らは大学側と協力し、教員や院生のキャンパス内への訪問を2日間限定で制限していた。おかげさまで、今日キャンパスに集まった人間は、ここに集められた数百名のイベント参加者が大半だろう。
「予想通り、学生っぽくない人が多いですね」
「あぁ、おそらく信者だろうな」
あたし達3人は、いつものブルゾンを羽織り、周囲の状況を伺いながら、集団の後方で身を隠すように煩い演説を聞いている。
このイベントは外部参加が許されている。地域貢献の意味合いを全面に出しつつも、自分達の手駒が欲しいことが本心であり、またその必要があることを意味している。参加者だけでなく、運営側にも信者がいるだろう。『エコロジアース』の届け出には、登録学生数は4人だった。現在ステージには少なくとも10人はいる。
「ユヅ、碧君はちゃんと帰ったよな?」
「改札通ったとこまで見送ったから大丈夫、だと思う」
こっちですっかり夏休みを満喫していた碧君は、昨日地元へ帰っていった。今日のイベントに参加したがっていたが、流石に何が起きるか分からないので、結月さんを筆頭に必死に帰宅を促した。
演説は続いていく。
「名付けて、『大掃除大作戦』! キャンパス内のゴミを拾えば拾うだけ、物に応じてポイントが入ります! ど〜しても落ちているゴミとか触りたくないなぁ〜という人のために、『落し物カード』を各地にばら撒いております! そちらもポイントに加算されるので、是非宝探しと思ってチャレンジしてみてくださいね! そして気になる賞金! ポイント最上位、まさに『キングオブギャザー』には、100万円を贈呈します! サークル活動費にするも良し! 個人でぶんどっても良し!」
100万とは、一介の学生サークルで用意できる金額を超えている。だがそのおかげで、ゴミ拾いなど微塵を興味無いであろう学生達も、貴重な夏休みの時間を割いてくれているようだ。
「お、おい、ほんとに100万くれるみたいだぞ」
「アチ〜! アツすぎるぜ!」
体育会系もやる気に満ち溢れている。そりゃそうだろう。貧乏学生には、100万の向こう側で宝石のように輝く青春を無視することは、到底出来ない。
未だ奴らの狙いははっきりしてこない。悔しいが、事が起こってから対応するしかないのかもしれない。こちらから先手を打つことも可能だけど、いかんせんシュンレイや横に居た女の姿が見えない。
「とりあえず、俺達も程々にゴミ拾いをこなそうか」
「私にはまだ、つくもがみの声は聴こえてきません。使役者が何人居るか分かりませんが、バラけたほうがいいですか?」
3人一緒に居るほうが、お互い安全なのは間違い無いだろう。だけど……
「あたしは単独で動きます。甲斐さんは結月さんの側にいて下さい」
「千尋……大丈夫か?」
「いざとなれば、
正直怖いけど、ここであたしが足手まといになる訳にはいかない。身軽なあたしが動き回れば、何か異常があったときにすぐ対応できる。
「あたしを、信じて下さい……!」
不安が押し寄せてきて、それを掻き消すように力強く答える。言葉は多くないほうが、色々考えなくていい。
甲斐さんと結月さんは何も言わずに、あたしの背中をポン、と優しく叩く。
「行くよ、マフ太」
1時間程経過しただろうか。周囲の人間に怪しまれないよう、マフ太で飛び回ることは避けた故、基本的にずっと走り回ってキャンパス中を監視していた。もちろん1時間走り回れる程の体力は持ち合わせていないので、たまにマフ太の伸び縮みを使って、走っている
スタート直後こそ、皆真面目にゴミ拾いをしていたと思う。だがこの暑さもあるし、これだけ人数がいればゴミも大分拾われたようで、舞台はすっかり建物内へ。
「あった! あったぞー! 『落し物カード』!」
高らかに叫ぶ声が聞こえる。気付けばゴミ拾いではなく、『落し物カード』を目的とした宝探しに、ほとんどの人間が移行している。これが結構厄介なのだ。
カードはキャンパスの至る所にばら撒かれている。それこそ剝き出しで放り出されているケースもあるが、ゴミ箱の裏や自販機の下、特別施錠されていない物置の中やら、分かりづらい場所にもあるみたいだ。
「これじゃあゴミ拾いする前より汚くなってんじゃん」
カードを探すために、雑にどかされた備品や私物が散らばっていく。それを違う参加者が、ゴミとして持っていく。運営は本当にゴミかそうでないかを判断出来ているのだろうか。
つくもがみの気配はまだ漂ってこない。あたしに結月さんのような力はないけれど、妙な動きをしている人間を見逃さないよう注視し続ける。見えないものが見えている奴は、どこか不自然な挙動を示すはずだ。
コの字型の農学部2号館、その5階へ到達した時、びっしりと人間が規則正しく並んでいる光景が目に飛び込んできた。扇形に綺麗に隊列を組んでいるその集団は、とてもカード探しに勤しんでいるようには見えない。
「ひぃふぅみぃ……20人くらいいる?」
無数の足音が廊下に響き渡る。耳障りなその音は、不幸にもあたしを挟み込むように、反対側からもビートを刻む。
「うげぇ〜」
流石に気が滅入る。合計50人弱の、どうやら男ばかりの集団が、あたし目掛けてその歩幅をどんどん大きくする。
ついに、生の人間を相手にする時がきた。もちろんこれは友人同士の喧嘩でも、ルールブックのあるスポーツでもない。
「ふぅ〜……。落ち着いて、落ち着いて……」
声に出すことは大切だ。速くなりかけた鼓動を大人しくさせる。大丈夫……、この日まであたしは、誰と特訓してたと思ってんだ……!
「ぞろぞろとご苦労さんなこって……。丁度いいや、教祖様のとこに案内してくんない? 信者のみ、な、さ、ん」
その軽口が合図になったのか、前からも後ろからも、ドタドタあたし目指して駆け出してくる。
前の方にいる連中は、バットやら鉄パイプやら武器を持っている。男の子はいつまで経っても、長い物が好きなのね。
「マフ太!」
勢い良く伸びるマフ太が、信者の頭上を飛び越える。同じく引っ張られたあたしは、集団の後方へ瞬く間に到着。ある程度の距離から、一人一人確実に、マフ太をしならせてぶつける。彼らは理由もわからないまま、体に激痛が走るだろう。
「いいよマフ太! その調子!」
シューティングゲームと一緒だ。漏れがないように、最小限の動きで潰していく。一撃で倒れなければ二撃、三撃と。
……あれ? なんか……違和感が。
マフ太が彼らへインパクトする瞬間、何人かガードする素振りを見せる。間に合ってないことがほとんどだが、タイミングがどうにも……。
「こいつら、まさか
まさか使役者? 嘘でしょ!? 一人じゃない、何人も……最悪全員!?
確かに、つくもがみが見えていないのであれば、不可避の衝撃にもう少し戸惑いを見せてもいいはずだ。しかしこいつら、表情一つ変えないぞ?
しばらくすると、他人を盾にしてジリジリ近づいてくる者が現れる。思ったより対応が速い様子から、マフ太の特徴は共有されている? つまりこいつら、つくもがみが何なのか分かっている?
いやいや、これはむしろ朗報だ。事情を知った上で、いたいけな少女であるあたしに群がってきてる。容赦する必要、ないよね?
「盾にするなんて酷いじゃん! 信者仲間でしょ?」
せっかく人が話し掛けてるのに、誰一人返事してくれない。皆ロボットみたいに猪突猛進、無表情。つくもがみより、よっぽど不気味だ。
盾にされてる奴を何度もぶっ叩くわけにもいかない。どうしようかと悩んだが、すぐに菜花さんの教えを思い出す。
「菜花さんの金言その1! 『空間は広く使え!』」
横の窓ガラスをガラガラッと開ける。マフ太と共に、ひょいと青空の下へ飛び出す。もちろん逃げるわけではない。
ちょうどイチョウの木があったので、マフ太をヒュルっと巻き付ける。木を周囲をぐるっと、マフ太はあたしを思いっ切りぶん回す。遠心力で余計に吹っ飛んだあたしは、出た窓ガラスとは真逆の方向へ突撃していく。
「やっば! 死んじゃう死んじゃう!」
思ったより勢いが強いので焦ったが、あたし自身が窓ガラスに追突する前に、マフ太を縮ませて手元へ引き寄せる。ガラスはマフ太に綺麗に割ってもらい、あたしは無傷で再び校舎へ帰還した。
先程とは反対側の連中、すっかり油断していたことだろう。人数が多いのに、こんな狭い廊下じゃ、数の利を全く活かせてないようで。
あたしはポケットから、紐を取り出す。もちろんただの紐ではない。マフ太の片割れを事前に拝借させて貰い、作りました。
「菜花さんの金言その2! 『男とやるときは……』」
股間を狙え!!
今度は距離を取らずに、信者の輪に自らお邪魔していく。持っている紐を鞭のように使い、迷わず股間をぶっ叩く。並行してマフ太も、自由に股間を狙って頂こう。
「あ、あぁ〜〜!!」
「ゔ、ゔ……!」
ようやく彼らの声が聞けた。うめき声だけども。
「……! このクソ女がぁ〜〜! ひきょうだと思わ、グェ!」
「どう考えても大人数のお前等のほうが卑怯だろうがーー!」
心の底から出た言葉である。急所曝け出してるお前らが悪いんだ!
うずくまって動けない者、戦意が喪失した者もちらほら現れる。脱落者が増えれば増えるほど、あたし達は楽になる。必死に股間を隠す者もいたが、顎に一発ぶち当てれば大体ふらついてくれた。
「マフ太ー? あんまり離れちゃ駄目だよー」
使役者というのは早計だったのかもしれない。これだけやっても誰一人、つくもがみを使役する様子はない。こりゃ楽勝、かな?
そろそろ全撃破に目処がつきそうになった。否が応でも気持ちが緩んでしまう。
そのときだった。雲1つない青空なのに、突然大きな影が不自然にあたしを覆う。
「えっ」
明らかに他の連中とは違う、あたしの2倍あるんじゃないかと思うほどの巨体が、背後から拳を振り下ろしてきた。少し遠くにいたマフ太が、すぐさまあたしを巻き取って回収してくれたおかげで、拳は勢いそのまま床へ。
「あっっぶな!」
振り向くのが少しでも遅かったら危なかった。ちょっと股間叩きに夢中になりすぎていた。
それにしても、何だあの大男は。縦も横もデカイ。訳わからん宗教の信者のイメージからはかけ離れている。
「貴様が相澤千尋か?」
「確認する前から殴ってくんなよ。あたしとこの子、見えてんなら質問する意味ないんじゃない?」
大男はにやりと笑う。否定はしないんだね。
油断してごめんなさい菜花さん。ちょっと気合入れ直します。
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