第41話 こいつだ

  走りながらあたしは、部室に誰もいない可能性に気付く。当たり前だが、彼らだってあたしの同じようにテストを受けたりするはずなのだから。普段の部室でのエンカウント率が高いとはいえ、テスト期間ぐらいは真面目に学生を全うしているだろう。

 

 そんな心配は必要無かった。それどころか、学生じゃない人まで揃っていた。甲斐さんに結月さん、そして勅使河原は、怪訝な表情で24インチのテレビを見つめていた。


 ドアを開け、閉まるのを待たずに、あたしはシュンレイの情報を彼らに伝えようと話し始めた。

 

「み、皆さん! あいつの、シュンレイの正体がついに分かっ……てあれ?」


 皆が見ている画面に映る男は、画像で見るよりも明らかに、病院で遭遇したシュンレイに似ていた。またも前髪で目を隠すことなく、精悍な顔付きを携えて、何やらぺらぺらインタビューに答えているのか、その姿は他人の空似と言うにはあまりにも面影が強かった。


「千尋、こいつだよこいつ、やっとシュンレイの正体が」


「あたしも! 突き止めたんです! こいつ、うちの学生です!」


 皆まで言う前に、自身の手柄をインサートする。だが彼らのリアクションを見るに、それは既に周知の事実だったようだ。


「相澤千尋、俺達の情報収集能力を見くびるな。そんなことはもう知っている。こいつが環境サークル『エコロジアース』の代表で、宗教法人『親愛なるアース』の教祖だってことぐらいもな」


 公務員め……。ていうか、宗教ってなに? 学生なのに教祖?


「ちなみにこのビデオは信者専用だ。間違って取り込まれるなよ?」


 とりあえず無視したあたしは、テレビの正面に並んで座っている甲斐さんと結月さんに向かって、ボディーランゲージだけで不理解を表現する。


「……千尋も調べてくれてたんだな。まあ結論として、こいつは結構厄介な事案かもしれないってことだ」


「勅使河原にも協力してもらってな、対策室が把握している要注意人物や団体から虱潰しに探してみたんだ」


 甲斐さんが言うには、環境省の対策室は、つくもがみやその使役者に該当する恐れのある人物や団体をリストアップしているようだ。マジャシャンとか占い師とか、霊媒師を名乗る連中もある程度いるようだ。ほとんどはつくもがみとは無関係らしいけど。


「この宗教法人はずっとリストには載っていた。ここ数年信者数を急激に伸ばし、この春山礼五の露出も増えていたみたいだな」


 加えて鬱大の学生サークルの運営をこなし、したり顔でヘラヘラとメディア出演を果たしていた、ってわけか。こいつ……めちゃくちゃ目立ちたがり屋じゃん!


「ちなみに宗教法人は文科省管轄だから、俺らが勝手に捜査するとかは出来ねぇからな」


 勅使河原はそう釘を差す。まあ、根拠を説明するのが難しいとは思うが、縦割り行政の弊害を見た気がする。


「で、でですよ! こいつら9月に、ここのキャンパスでイベントを企画してるみたいなんです!」


「らしいな。山下さんに聞いたが、大学側もそうとうバックアップしてるらしくて、かなり大規模になるみたいだ」


 そこまで知っていたか……。いよいよあたしが走った意味が無くなっていくな。


「イベント……詳細は当日発表みたいですが、キャンパス内のゴミ拾いらしいですよ……」


 結月さんの言いたいことは分かる。確かにゴミ拾い自体は立派なことだが、大学祭の予算削るほどか?


「逆に怪しいよな。何かしでかすつもりなんじゃねーの」


 シュンレイはあたし達に、いずれぶつかり合うと言った。こそこそ隠れて何かしらの目的を果たすつもりなら、そんな事は言わないはずだ。黙ってたほうがいいんだから。


 キャンパス中を巻き込む大規模なイベントを開催すれば、誰かしら部室にいるあたし達が気付かないわけがない。いやまあ……あの発言がブラフの可能性はあるかもだけど。


「いっとくけど、俺らはここまでしか協力しねーぞ? こないだ痛い目にあって、俺はもうこの大学には関わりたくねーんだよ」


 勅使河原の言うことを、あたしは否定する気にはなれない。あんたが1番血だらけだったもんね。


「ああ、ありがとうな。外山さんによろしく言っといてくれ」


 甲斐さんの言葉に空返事で答えると、勅使河原は部室を後にしようとする。しかしその時、


「あぁ? 誰だこのお子様は」


 と、ドアの前で戸惑っているようだ。お子様と言われて、最初に浮かんだその子が、あの日とは異なる表情でそこに立っていた。


「あの……色々聞いちゃったんですけど……また来ちゃいました……」


「碧君……!?」


 結月さんも慌てている。このガキンチョ、また一人で来やがったな。子供が一人で遠出しちゃいけません!


「ごめんなさい結月さん。夏休みの自由研究で……」


 つくもがみでも題材にするつもりだろうか。非科学的だからやめといたほうが。


「僕……公務員のお仕事が、知りたいです……!」


 一瞬全員固まったけど、


「俺!?」


 勅使河原の間抜けな声で我に返った。

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