第39話 どうする?
土日はなんだかよく眠れなかった。もちろん原因は分かっている。こんなにも暗澹とした休日を過ごしたのは、お兄ちゃんに連絡がつかなくなったあの時期以来かもしれない。
もっと言えばあの日の帰り道、甲斐さんと乗った新幹線の道中、かつてないほど重苦しい雰囲気にほんのり吐き気すら覚えたほどだ。そんな精神状態のまま、新たな一週間へ突入したわけだが、講義に集中など出来るはずもなく……。
せめて普段通りと、鉛のように重い足を必死に説得させ、あたしは部室へ赴いた。おそらく今日から戻ってきた結月さんや、甲斐さんが既に部室に居た場合に備え、第一声の選択肢をいくつか思い浮かべていたが、幸いあたしが一番乗りのようだった。
少しホッとした自分に嫌悪感を覚えた。どう考えても、あたしが一番辛くないはずなんだ。本来彼らをケアしなければいけないはずなのに……あたし、何やってんだろ……。
適当にスマホでも弄ろうかとポケットに手を伸ばした矢先、ガラガラと窓が勢いよくオープンした。
「おいおい〜、窓はちゃんと閉めとかなきゃ!」
誰よりも若々しいその人の登場に、沈んでいた気持ちがほんの少しだけ浮き上がる。
「菜花さん……」
「甲斐から聞いたよ。えらく落ち込んでるみたいじゃんか」
菜花さんへの報告の早さが、事の深刻さをより鮮明に写し出している。あたし達の心の拠り所が、結月さんの強さに偏っていた弊害だろう。
「菜花さん、あのシュンレイという男……次会ったとき、あたしどうすれば……」
「結月さん言ってたんです。つくもがみの声が聞こえなかったって。つまりですよ、あいつがいつの間にか背後にいることだってあり得るんです。それを考えると、あたし……」
結月さんにも甲斐さんにも見せられない弱音は、歳の離れた大人に見せるしかない。情けなくても、あたしは心の内をさらけ出すことにした。
「うーんそうだねぇ〜。甲斐にも言ったけどさ、鬼塚? のつくもがみにも気づけなかったんだろ? つまりさ、体の中につくもがみがいると、結月の耳まで届かないんじゃねーかな?」
そういえばそうだった。鬼塚は、たまたまあの日だけつくもがみを腹の中に仕舞っていたわけではない。原因は分からないが、人間の内側に居るつくもがみは、結月さん(外山さんも?)の包囲網に引っ掛からない可能性があるのか。
「つまり、あの男も体内に……?」
「可能性はあるな。目で見るだけで発動するタイプ……隠れていた右目がいかにも怪しいよな。まあ何が言いたいかというと、つくもがみならつくもがみで対抗できると思うんだよね!」
その言葉を素直に受け入れられるほど、あたしは強くもないしやる気も湧いてこない。見られただけで動けなくなるなら、どうしようもないのでは。
「自信無さげだねぇ〜。どうする?」
どうする? 、その言葉に丸まった背筋が自然と伸びる。あたしは今、岐路に立たされているのではないだろうか。
「連中を退けるには、既にある程度出来る結月よりも、千尋ちゃんや甲斐の成長が重要だと思うんだよね!」
ここまで言われて逃げるほど、まだあたしは耄碌しちゃいない。
「菜花さん……! あたし、もっと強くなりたい……!」
「ふふ、やっぱり千尋ちゃんは向いてるよ、使役者に」
何されるか分からない恐怖よりも、彼らの力になりたい気持ちが大きく上回ってきた。こんなところでまごまごしてる暇が、あたしにあるわけないんだから!
「まあ正直、千尋ちゃんは心配してないよ。本当に殻を破る必要があるのは、甲斐とバカ傘ちゃんだからね」
ぼそっと独り言のように言ったので、あたしはそれ以上聞くことはなかった。今は自分のことに集中しないと。
「菜花さん! お時間よろしければ、早速」
我ながら珍しく、目一杯やる気を表現してみたが、当の菜花さんは視線をこちらに向けてはくれなかった。仕方ないので、同じ方向、さっき入って来た窓の向こうへあたしも目線を向けると、見慣れた二人が、顔半分を覗かせていた。
「何してるんですか……」
「うわ! 気付かれた!」
「千尋ちゃん……私……私が不甲斐ないばかりに」
思ったよりも元気そうで安心した。結月さんなんて、ダンゴムシみたいに丸まってしまう姿を想像してたから、悲壮感漂うセリフを吐いていても、まだマシだなと思った。
「結月さんーー! 大丈夫ですかーー! 心配してたんですよぉーー!!」
こっちだっていつまでも落ち込んでないよ! そんな腫れ物に触るみたいに様子を伺うな! というメッセージを、けたたましい声を発することで表現してみた。
「うるせぇちんちくりん!」
「お前に話しかけてねーわ!」
後ろでクスクス笑う声が聞こえる。菜花さん……あたし達、まだ立ち上がれそうです。
夕方だというのに、太陽は退勤時間を忘れたみたいに、より一層日差しを強くする。初夏が猛スピードで過ぎていき、いよいよ本格的な真夏に突入していくんだなと、あたしは自らの心に燃え上がる気持ちと共に実感していた。
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