第31話 絶望的

 これまでにないバカ傘の語気の強さは、眼前のつくもがみへの警戒を強めるには十分過ぎるものだった。

 真っ昼間ながら、幸いグラウンドに学生は誰一人いない。つくもがみは基本的には夜に出現するはずじゃなかったっけ? その点からも、こいつは別格の可能性があるってこと?

 外山さんは、誰かグラウンドに入ってこないよう周囲の警戒するため、少し離れた位置に待機している。あたし達3人は、まだかなり距離はあるものの、つくもがみの正面に固まって陣取る。

 

「どうするよ? あれだけデケェと、氷で動き止めんのはむずいぜ」

「なるべく固まって、何か来たら俺が傘を開くから」

「攻めはあたしら任せってことですね」

 

 しかしこのつくもがみ、不思議な現象を纏っている。つくもがみに糸が無数に垂れているが、その糸の出処が見えない。虚空から糸が伸びてるのだ。その糸が、瞬きも許さない一瞬で、あたし達へ向けて角度を変える。

 

「……来る!」

「お前ら! 伏せろ!」

 

 その言葉を認識する前に、何百、いや何千もの糸が、遠く離れたあたし達へ猛スピードで休む間もなく伸びてきた。

 甲斐さんが傘を展開したと同時に、無数の糸はグラウンドの土を蜂の巣みたいに変えていった。

 

「や、やばくないですかこれ!? なにこの物量!」

「みんな! 傘の外側に絶対出るなよ!」

 

 バカ傘へぶつかる糸は、反射するようにするすると戻っていく。普通の傘じゃ、もう既にボロボロになっていたことだろう。

 しかし、このままではあまりにも防戦一方である。勅使河原が氷をつくもがみへ届かせようとするが、いかんせん距離が遠い。

 

「おい甲斐優太! もっと近づけねぇか!」

「む、無理……。踏ん張るだけで精一杯……」

 

 埒が明かないと思ったのか、勅使河原は守りの傘から抜け出し、自分で氷を盾にしながらつくもがみへ接近していった。しかし、糸の勢いが想定より遥かに強かったのか、出した氷は2秒すらその形を保てない。

 

「クソ! なんつー手数だよ!」

 

 あたしはようやく、このつくもがみの実力があたし達を大きく上回ることを実感する。現にあたしは、この足を全く前へ踏め出せていない。

 

「ちんちくりん! あれは多分、操り人形のつくもがみだ! 絶対あの糸に触れるなよ!」

 

 物理的なダメージだけでは済まないということか。その力で、鬼塚とその他数名、多分鬼塚の部屋にいたつくもがみも、思うまま操作していたんだろう。

 いや、下呂はつくもがみだったんだよね……。もし他の3人、さらに鬼塚もつくもがみになっていたとしたら……あれが操れるのは、つくもがみだけってことはない?

 

「バカ傘は大丈夫なの!? 糸に触れてるよね!?」

「舐めんな! 俺はそういう仕様だろうが!」

 

 鬼塚からも、今も、彼らはその拡張仕様であたしを助けてくれた。対して今のあたし達には、現状を打破する力を持ち合わせていない。

 目の前のつくもがみ達を眺め、考える。マフ太の拡張仕様が、縮んだり伸びたりするだけとはとても思えない。ねぇマフ太? 君、ほんとに出し切っているの?

 

「……焦らなくていい……千尋。俺達が、何とかするから……だから、そんな顔すんな」

 

 甲斐さんの声は、とてもか細くて、その言葉とは裏腹に、あたしの心はより曇っていく。あたしも、皆の役に立ちたい……! 甲斐さんを助けたい!

 あたしは、降り注ぐ糸の攻撃範囲が、どんどん狭くなっていることに気付いた。想定よりバカ傘が粘り強いからか、威力を凝縮しようとしているようだ。今なら、マフ太のスピードで、回り込んで叩けるはず……!

 

「やべぇ! 下だ! 下を見ろ!」

 

 勅使河原のおかげで、いつの間にか地表を無数の糸が這いずっていることに気付く。上空からの攻撃に気を取られ過ぎていた。あたしがしっかり見てなかったせいだ。

 バカ傘といえど、さすがにあたし達をすっぽり覆うことは出来ない。上と下、どちらかを選ばざる負えないだろう。もう少し速く気付いていれば、マフ太が吹き飛ばせたかもしれないのに。

 

「クソが!」

 

 勅使河原は前方への注意を捨て、地表を這う糸を、氷を展開することで弾き飛ばしていく。だが、がら空きになった防御をつくもがみは見逃すはずはなく、撚り合わせた糸が彼の体を襲う。

 

「勅使河原!?」

「……気を付けろ! まだ糸が残ってるぞ!」

 

 勅使河原は吹き飛ばされる最中、あたし達に忠告を残す。するすると、ミミズのように這う糸が、あたし達の足元へ到達する。

 

「マフ太!」

 

 あたしはマフ太を抱き抱え、糸に背中を向ける。間髪入れず、腕や背中に激痛が走る。勅使河原が消してくれたとはいえ、未だ残る十数本の糸は、銃弾の如くあたし達の体を撃ち抜いていく。

 

「……がはぁ!」

 

 ……まだ意識はある。頭は貫かれてない。でも、やばい……めっちゃ痛い……。

 

「うぐっ……!」

「優太! しっかりしろ優太!」

 

 ちらっと見ただけでも、甲斐さんの滴る血が分かる。特に足をやられたのか、よろよろと膝をついて立ち上がれないようだ。

 顔を上げると、つくもがみは半身を凍らされ、それを砕くのに必死の様子だ。勅使河原がやってくれたのかと、彼に目を向けると、遠くからでも分かるほど、血溜まりの上にぐったりと倒れ込んでいた。

 

 正真正銘の土壇場であることは、誰の目にも明らかだ。つくもがみが再び力を行使すれば、あたし達にはもう、為す術もない。

 

「千尋……逃げろ……! お前までやられたら、もう誰も……!」

 

 消え入りそうな声だったが、精一杯力を振り絞っているようだった。そんな声聞いて、逃げられる訳無いでしょ……。

 

「あたしが、やらなきゃ……。まだ、動けるよ、動けるから……!」

 

 今すぐにでもマフ太と共に、つくもがみへ攻撃を仕掛けなければならない。そのはずなのに何故だろうか、満身創痍の体とは裏腹に、脳内には春からの記憶が猛然と駆け巡っていく。

 

 ……とある記憶が浮かび上がってくる。

 

 

 

 

 

「あの……甲斐さん。こないだ結月さんが言ってた、仕様? 何とか解除って、何なんですか?」

 

 使い物にならないサークル紹介ビデオを、念の為共有バソコンに移し終えたとき、何の脈絡もなく浮かんだ疑問を、暇そうな男にぶつけてみた。

 

「あー……何か頭に勝手に流れてくるらしいぞ。本当か嘘か分かんねーけど、ユヅはそう言ってた」

「……勝手に?」

 

 使役者は頭がおかしくなってしまうのだろうか、とも思ったが、既につくもがみが常識から外れすぎていることを考慮すれば、まぁそういうこともあるのかな。

 

「昔のユヅの刀は、あんなに威力も範囲も広くなかった。使用制限限定解除……言葉通り、リミッターが外れるんだろう」

 

 マフ太は、拡張仕様がはっきりしていない。伸びたり縮んだり、固くなったりはするが、それはつくもがみにはよく起きる通常仕様らしい。

 ……いつかあたし達にも出来るのかな……。

 

「あれ? つまり甲斐さんは……まだってことですか?」

 

 何となく聞いただけなのに、甲斐さんはソファーに寝転がり、ゴロンと背中をこちらに向けてしまった。

 

「どうせ俺は……俺達は……うぅ」

 

 あー、コンプレックスがあるのかな。あたしからしたら二人共凄いのに、当人達には明確な壁が見えるんだろう。

 それはそれとして、成長しきった大人の拗ねた姿は、見てられないかも。

 

「面倒くさい人なんですね、甲斐さんは」

「お前……心に留めとくセリフだから、それ」

 

 

 

 

 ……あぁ、こういう感覚なんだ。

 頭に流れてくるっていう表現は、適切じゃない。どちらかといえば心の問題、それが実現可能だと、思い込めるかどうかだ。

 ……今なら出来るよね、マフ太?

 

「仕様制限、限定解除……!」

 

 

 

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