第28話 イレギュラー
翌日、学生寮には救急車と警察車両に囲まれていた。
俺達は予定通り、高梨、蒲生、東山に会うつもりだった。しかし彼らはどの講義にも出席していなかった。3人共、今日全ての講義に、姿を現さなかった。
外山さんが、先の強盗事件に関連付けた適当な理由を作り、学生寮の全居室の調査を行ったのが、時計が15時を過ぎてからだった。
「……高梨、蒲生、東山3名、死亡が確認されました」
その連絡を受けたのが17時に差し掛かる頃だったろうか。彼らは皆一様に、体中に無数の刺し傷があったそうだ。それは見るに堪えない、惨憺たる光景だったろう。外山さんと勅使河原には苦労をかけてしまった。
二人共、この事態に関して警察との対応に追われるそうだ。もちろんそれは、この件に俺達を関わらせないように、話を通してくれるためだ。俺達は午前中、あらゆる学生に彼らの所在を聞いて回っている。これから始まる警察の捜査に、俺たちの名前が出てきてもおかしくない。その時、俺達に捜査の手が伸びてくれば、つくもがみどころではなくなってしまうだろう。
何をすればいいのか分からなくなった俺達は、3人揃って部室の床に座り込み、黙りこくってしまった。突然の死に動揺しているのもあるが、ここまで事態が進んでしまったが故、俺は臼井の名前を彼らに告げるべきか悩んでいた。
「1日に3人も殺害できるでしょうか……」
ユツが疑問に思うのも無理はない。彼らは皆、昨日まで講義に出席していた形跡がある。つまり昨日の夜から今日にかけて殺害されたのだ。集合住宅で、他の誰も彼らの悲鳴や物音に気付かないことなどあるだろうか。
「つくもがみなら……叫ぶ間もなく殺せます」
血色の悪い千尋が、吐き捨てるようにそう言った。
「あたし……舐めてたのかもしれません……。もし使役者の仕業なら……このままあたし達も調査を続ければ、いつか」
「だ、大丈夫だろ。俺達にはユヅがついてるんだぜ」
自分で言ってて情けないが、彼女を勇気付けるにはこの言葉しか思い付かない。
「あっごめんなさい。電話が鳴っていますので、出ますね」
ユヅの電話の着信音、初めて聞いたかもしれない。俺以外から電話がかかってくることなんてあるんだな。
「甲斐さん……あたし……怖いです」
「安心しろ、俺もだ」
何も安心できない。俺が後輩側じゃなくてよかったよ。
ユヅが電話を切る。相槌しかしてなかったと思うが、なんの用件だったのだろう。
「母が、母が倒れたって、弟から」
「え」
「そ、それは大変じゃないですか!」
ユヅの母親……あまり詳しくは知らないが、ユヅの家庭、やや複雑だったような。
「で、でも今は大事な時だし……私、別に」
「何言ってるんですか! お母さんですよ!」
つまり彼女は、帰るか帰らないかで悩んでいるんだ。まったく、絶賛頼りない発言しちゃったせいか?
「ユヅ、今すぐ帰れ。家族になんかあったときより優先することは、今この場には無いはずだぜ」
「……大丈夫ですか?」
わざとらしく自分の胸をどんと叩く。その虚勢が可笑しかったのか、千尋がクスクス笑っている。
「……ありがとう」
今からなら電車に間に合うだろう。今日中には帰れるはずだ。急いで荷物をまとめたユヅは、俺達に何度かお辞儀をし、部室を後にした。
「……大丈夫ですよね? あたし達……」
「さぁ……」
虚勢はいつまでも続くものではない。とにかく無理はしないようにと、千尋には強く念押ししておいた。
翌日、花の金曜日に似つかわしいどんよりとした曇り空に辟易しながらも、俺達は残された手掛かりを追うことにした。
「もうここまで来たら鬼塚を探すしかない!」
「えー? どっちかといえば、彼らを恨んでいる人間を探すときなんじゃないですか?」
「ごもっともな意見だが、それは警察の捜査と外山さん達に任せるべきだ」
千尋の意見も一理ある。この状況、報道規制がされているとはいえ、既に寮生の事件は学生間で広がっている可能性がある。俺達が不用意に寮生である鬼塚を探すことが難しい域に達しているのだ。
「もう学内中街中探し回るしかない! 千尋、飛べ!」
「結局ゴリ押ししかないじゃないですか! 甲斐さんは何するんですか!」
ヤイのヤイの言い争いをしていると、ガタガタッと部室の扉が不自然に振れ動く。強風かなと思ったが、扉のガラスに人影が透けて見える。
「なんだぁ? 誰かいるの、うお!」
「え、え! 何この人」
外にいた男は、右手を抑えながら、匍匐前進で部室へ逃げるように侵入してきた。額から血を垂らすその男は、息遣いの荒さから切羽詰まった印象を受ける。
「す、すいません! 突然押しかけて!」
「襲われてるんです! 何かに、見えないなにかに!」
状況が飲み込めないまま5分が経過した。謎の男は、
「ハア……どうやら僕のことを見失ったのか? とりあえずここにいれば大丈夫そうだ」
とひとまず安心したようだ。
「あ、あの……」
「あぁ、すいません! 僕、鬼塚丈と言います」
緊張感が一気に高まる。この大学に鬼塚姓は一人しかいないのは調査済みだ。俺と千尋はお互い顔を見合わせ、お互いの困惑した表情に多くの言葉を感じ取る。何聞いていいか分からんから、甲斐さんお願い! っていう顔だ。
「鬼塚……さん? 見えないなにかに襲われたって、一体どういうことですかね?」
都合よく解釈すれば、つくもがみに襲われているんだろうが、ここはわざと知らないふりをする。
「分からないんだ……。ただ久し振りに大学に来てみたら、突然体につむじ風みたいなのが吹いてきて、気づいたら服が裂けて傷をつけられたんだ!」
確かに服はボロボロになっている。よく考えたら、話なんて聞いてる場合じゃないのでは?
「こんなとこより、病院行ったほうがいいですよ! いや、頭の方じゃなくて、普通に」
「でもいま外に出たら、また襲われてしまう!」
千尋は窓から外の様子を窺う。しばらくしてこちらに向けて首を左右に振る。どうやらつくもがみは見当たらないようだ。
「多分今なら大丈夫ですよ。ほらほら、こんな怪我人置いとけないですよ」
「ま、待ってください! 何も適当にここに来たわけではないんです!」
「学生寮の友達から聞いたんです! あ、僕寮に住んでるんですけど、他の寮生から、僕の部屋の前でAOSって書かれたジャンパー着てる人が居たって」
ドクンと鼓動が跳ねる。嘘、誰かに見られてたのか?
「何かやばい挙動の人を追い払ってくれたって! これも、そ、そいつのせいなんじゃ?」
「ちょっと、甲斐さん? 何の話ですか?」
埒が明かないので、俺達は学内の保健管理センターに鬼塚を連れて行った。幸い怪我の具合は軽いもので、鬼塚が大袈裟に振る舞っていただけだった。
その後もいくつか話をしたが、彼はここ一週間講義をサボり続け、ずっと友人のアパートに寝泊まりしていたらしい。大学からの着信は、登校を促すものだと勘違いし、無視していたようだ。つまり、彼は今、自分の部屋の惨状や寮の事件について知ることとなった。
「鬼塚のことはいいです。問題はその臼井ですよ」
俺はついに千尋に臼井のことを話した。そして今まで黙っていたことを咎められた。ま、そりゃそうだよな。
「甲斐さんの気持ちも分かりますけど、めっちゃ怪しいですよその人。確実にその5人に恨みありますし」
「それは……そうなんだが」
「あ、あの……臼井って」
松葉杖をつく鬼塚が、神妙な面持ちで背後から姿を現した。
「臼井に……ずっと謝りたかったんだ! 本当に悪いことをしたって……!」
鬼塚ははんこラリーのこと、そして臼井にした仕打ちについて話し始めた。しかし、俺が聞いた話とは随分違っていた。
「臼井は……他の一年と揉めてたんだ。彼は、他人のはんこラリーの台紙を自分のだと主張して……」
「僕達先輩も……そんな臼井に少し言い過ぎてしまった……。そしたらあいつ、退寮するって……」
頭が混乱してきた。ええと、つまりこれは、どっちかが嘘をついているってこと?
「僕は、みんなと楽しく寮生活が送りたい……それだけだったんだ、なのに」
「ま、まぁまぁ鬼塚さん。興奮すると傷が開きますよ、寝てましょう」
臼井が嘘をついていたと仮定すれば、彼には嘘をつく理由がある。人間なんて、自分が不利になるようなことは言わないものだ。同じ立場なら、俺だって見ず知らずの人間に本当のことなど喋らない。
鬼塚が嘘をつく理由はあるか? 今ここで何のために? 彼に高梨らを殺す理由は無い。どう考えても、殺される側だ。
そして下呂の存在が俺の頭をさらに悩ませる。彼も誰かに殺されたのではないだろうか。つくもがみになったのは偶々? でもつくもがみでありながら日常生活を送った理由は? 何故勅使河原には敵意を向けた?
「ぎゃーーー! もうわからんーー!」
「うるさ、急に叫ばないでくださいよ」
「とりあえず、今すぐ臼井のとこ行きましょう。いつ次の被害が出てもおかしくない。あーでも鬼塚さんどうしましょう。絶賛狙われてますよね」
千尋も千尋であたふたしている。ユヅがいないと、俺ら大分メンタルが不安定になるようだ。
「あの、僕も連れて行ってください! 皆さんと離れたくないですし……何より臼井に謝りたいんです!」
鬼塚の必死の要求に、千尋が俺を見て頷く。よし、まずは臼井の情報だ。寮生のプロフィールは外山さんが知っているはずだ。
トントン拍子に物事が進んでいく。これで片がつけば良いのだが……。
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