第27話 つくもがみ?

「全く見当たらないですね! 講義もサークルもここ一週間完全欠席です。あたし達のこと勘付かれて隠れちゃったんですよ!」

 

 声を荒げる千尋は、もう打つ手なし! といったようにゴロンとソファーへ寝転がる。現在は水曜の夕方6時、昨日から探している鬼塚はまだ見つかっていない。

 外山さんの働きのお陰で、めちゃくちゃになった鬼塚の部屋は、ひとまず強盗の所為ということになった。反面そのせいか、学生寮自治会はエントランスのセキュリティを強化、こないだのように簡単に立ち入れる状況ではなくなってしまった。つまり、少なくとも鬼塚と親交があるであろう4人の学生に接触することが難しくなってしまった。そもそも、今彼らに鬼塚のことを聞いたら、俺がこのでっち上げた強盗に関係があると思われかねない。

 

「手っ取り早く鬼塚本人を見つけられればいいんだけどなぁ」

「鬼塚さんは、やましいことがあって逃げているのでしょうか。それとも、」

「それとも?」

 

 ソファーの上で三点倒立から逆立ちに持っていこうとしているユヅは、意味深に言葉を発する。

 

「逃げているのではないでしょうか。つくもがみから」

「……あいつの部屋にいた数多のつくもがみは、鬼塚を襲うためにそこにいたのかもなー」

「そうだとしたら大変ですよね? なおさら早く保護しないと」 

 

 千尋の言うとおりだ。何故かユヅの耳に引っ掛からないパターンの時に、つくもがみが鬼塚を襲えば、こっちとしては対処のしようがない。

 

「そもそも何で声が聞こえたり聞こえなかったりするんかなぁ」

「私の調子が悪いだけなんでしょうか……」

 

 おっと、1ミリだけ顔が俯いてしまった。

 

「そうだったらそうで話が簡単になっていいさ。だからって無理すんなよ? また拾いたくない感情まで拾っちゃうぞ」

「……うん」

 

 千尋がキョトンとしている。まあそうか、ユヅのこと、昔のこと、あんまり話してないもんな。

 ブォンブォンと排気ガス臭え音が近づいてくる。如何にも燃費の悪そうな音を奏でる車は、乗ってる連中もさぞかし煤汚れた奴らだろう。

 

「お疲れ様です。皆さんお揃いですね」

 

 排気口を部室に向けて止まった車から降りてきたのは、案の定外山さんと勅使河原だった。

 

「どうしました? わざわざ車でここまで来て」

「大きな収穫がありました。そこでちょっと神代さんのお力をお借りしたくて」

 

 勅使河原がだるそうにバックドアを開けると、そこには手足を氷でくっつけられた、まるで団子みたいに丸まった人間だった。

 

「ひぃーー!」

「ちょ、ま、待てお前ら。これは一体……」

 

 千尋が悲鳴を上げるのも無理はない。これはどうみたって誘拐だ。片棒を担がされるのか、俺達は。

 

「彼は下呂です。実はかくかくしかじかで……」

 

 

「ほんとだ。コンパスちゃん、めっちゃパニクってる」

 

 千尋は心配そうにコンパスのつくもがみを見つめる。それで、ユヅに声を聞いてほしいってわけか。

 

「ユヅ、断ってもいいんだぞ」

 

 いつもはつくもがみの表層の声しか聞いていないはずだ。彼女は、より耳をすませば、より多くの声を聞き取れる。それはつまり、より多くの感情を読み取れるということだ。仕組みは一切分からんが。

 

「やってみます。……ありがとう、甲斐君」

 

 本人がそう言うなら仕方がないな。ユヅは目を閉じて、ぐっと耳に神経を集中させている……と思う、多分。

 

「…………」

「!!!」

 

 大きく目をかっぴらいたユヅは、今まで見たことがないほど混乱した表情を見せる。

 

「ど、どうしたユヅ!?」

「嘘……嘘だよ……」

「結月さん! 一旦座ろう! ね?」

 

 千尋に促されてソファーにどんと腰掛けたユヅは、数回深呼吸を繰り返す。おいおい……一体何を聞いたんだよ……。

 

「ハア……ハア……だ、大丈夫です。ありがとう千尋ちゃん」

 

 落ち着いてきたユヅは、おもむろに右手を伸ばし、正面を指差す。その場の全員が、とりあえずその方向に目を向ける。

 ユヅが言ってくれなきゃ、俺はその意味を理解するのに随分かかっていたであろう。

 

「……聞こえたのは、彼の声です。下呂さんは……つくもがみです」

 

 

 

 

 

 現状分かったことを整理しようと、俺達は部室のホワイトボードを用いて話し合う。

 ユヅが今まで、人間の心の声など聞こえた試しはない。故に下呂はつくもがみだと結論づけられる。

 

「い、いや待ってくださいよ! 人間がつくもがみになるんですか? 生物ですよ!?」

 

 千尋の疑問はごもっともであり、それに答えられる奴は今どこにも居ない。

 

「菜花さんには後で私から報告しておきます。あの人なら何か知ってるかもしれない」

「俺が交戦したときも、こいつは一般的な人間の身体能力を超えていた。なんてことはねぇ、他のつくもがみと一緒だ」

 

 一種の拡張仕様だったのだろうか。

 

「私のつくもがみが混乱しているのは、人間なのにつくもがみの反応を示しているから、ではないでしょうか」

「一連の反応の点滅も、このつくもがみが判断をその都度変えていたからではないでしょうか」

 

 推測の域を出ないが、一応根拠もある。下呂は、今日もスーパーで会計をしていた。つまり、俺達使役者以外にも見えているということだ。つくもがみでありながら実体を持つ、その存在自体が曖昧なんだから。

 

「私の違和感も、集中して聞くことで判明しました。少し声の音色が異なります。普通のつくもがみよりも、言葉が残っているような感覚……」

 

 ユヅが毎度声を拾えていたかは分からない。だが月曜の講義の合間に聞こえた声は下呂だったんだろう。使役者とかなんだとかそんなレベルじゃなかった。まさか人間がつくもがみそのものなんて……。

 

「ま、待ってくださいよ! 皆おかしいですって!」 

 

 千尋が叫び回る。今一番信じてないのはこの子だろう。

 

「だって、下呂は今日だって何事もなく生活してたんですよ! そんなこと、つくもがみができるんですか?」

 

 確かにこいつは全く違和感なく人間社会に溶け込んでいた。講義だって出席していた記録が残っている。

 

「俺には問答無用で氷投げてきたぜ。その後の様子もまるで獣みたいだった。とても人語を話せるようには見えないがな」

 

 大学生活なんて、最悪一言を話さなくてもやっていけそうではある。

 

「もしかしたら切り替えられるのかもな、人間とつくもがみに」

「だったら今が切り替えるチャンスだろう。ガッツリ拘束されて身動き取れねえんだぞ」

 

 何か条件があるのかも……でもそこまで考慮したらきりが無い。

 人間がつくもがみになる……。とても考えられない話だ。だが現実に、目の前にそれは居る。

 

「あ」

 

 俺は気づいた。だが言おうかどうか迷うな。うーん。

 

「どうしたの?」

「どうしました?」 

「おい、なんだよ、なんか言えよ」

 

 物凄いせがまれる。この状況で勿体ぶるのは申し訳ないか。 

 

「いや、その……こいつ、死んでるんじゃないのかなって……」

 

 千尋の顔が青ざめていくのが分かる。分かりやすい奴で助かるよ。

 

「残念ながら確かめられませんね。いや、菜花さんなら」

「止めてくれ。こんなことに使わせるなんて」

 

 外山さんは冗談ですよとリアクションする。

 人間だって、死んだら物扱いなんじゃないかって。ちょっと思っただけだったのだが、思いの外皆はショックだったみたいだ。

 

「ま、待ってくださいよ……。そう言えば、この人だけじゃないですよね?」

「そうですね。反応は複数有りましたので」

「もし同じパターンで、尚且つ甲斐さんの推測が当たってたら……とんでもない事件じゃ」

 

 確実にニュースになるような事件だ。つくもがみのことを省けば、ただの連続殺人事件だ。

 

「彼が下呂であったことを偶然と片付けるわけにはいきません。鬼塚とほか3人、早急に確保しなければ」

「もうそこまで人間絞られたら、殺った奴も絞れんだろ」

 

 俺はぎょっとする。確かに、何故今まで気づかなかったのだろうか。

 

「甲斐優太、お前こいつらの名前を誰から聞いたんだ?」 

 

 ……臼井……。確実に彼らを恨んでいる人間……。いやいや! だったら何であんなイタズラするんだよ! 意味ねーだろ!

 

「……偶々寮にいた奴さ。そいつには俺からまた掛け合ってみるよ」

 

 この案件は、ただつくもがみを倒せばいいだけではないのかもしれない。こっから先、所詮は学生の俺達が踏み込んでいい領域なのか、言いようもない不安が心を覆った。

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