第26話 人間?
今日で何コーデ目だろうか。怪しまれないよう、毎日毎日服装を変えてきた。まるでメキシコ人さながらのポンチョを羽織った日もあったが、ありゃ逆に目立っちまっただろう。
脈絡もなく街中に氷を張る作業は、もう正直面倒臭い感情が大勢を占めている。つくもがみや使役者なら、氷を見て少しは動揺するだろうとの狙いだったが、ここまで当たりが来ないのだから仕方がない。
進捗のない俺等とは裏腹に、甲斐優太は何かしらの手掛かりを見つけていた。学生寮というワード、さらに鬼塚という男だ。現状、俺等もその情報に沿って動くしかなかったが、鬼塚は未だ見つけることが出来ていない。
「勅使河原君、彼です」
幾度となく調査したべペシアスーパーから、膨れたレジ袋を片手に出てきたあの男の名前は、どうやら下呂というらしい。鬼塚の知り合いらしいのだが、それだけで俺等がこうして彼を注視しているわけではない。
今日までの期間、外山さんの反応は5回ほど確認された。その度現場を訪れていたが、そのうち3回はこのスーパーだった。
外山さんがスーパー側に無理言って、店内の監視カメラを全て調べたところ、いずれの反応時にも下呂は店内にいた。その上鬼塚との関係も示唆されれば、アタックするのには充分だろうよ。
「即凍らせて大丈夫っすよね?」
「殺さない程度にお願いしますね」
そんな念押しは必要無い。下呂は自転車に乗り、おそらく帰宅するためにペダルを漕ぎ始める。人通りの少ない路地裏に入ったその瞬間に、アスファルトを這う氷は車輪のみを的確に凍らせ、彼の帰宅を阻害した。
「すいませんね、お兄さん。ちょっと……お話いいですか?」
本人を凍らせなかったのは、情けをかけたからではない。口がきけなくなることを避けたかったからだ。
下呂は自転車に跨ったままだ。微動だにしない。俺の問いかけもしっかり無視だ。
「どうすか? 外山さん」
外山さんに聞きながら、外山さんの肩に乗るつくもがみに目を向ける。……なんかキョロキョロ動揺している様子だ。
「混乱していますね。初めての反応です」
「どういうことなんすかそりゃ」
「すいません下呂さん。あなた、何か隠してません?」
まだ下呂はこちらを振り向かない。何だこいつ、死んでんのか? 段々イライラしてきたぞ。
「おい、無視はね~だろ無視は。……鬼塚とか知らねえか? 友達とかじゃねえ?」
その時だった。下呂は自分の真下に這った氷に向かって拳を振り降ろした。普通の人間にはかち割れない硬さのはずなんだが、何故か氷の破片が宙を舞う。それを右手で掴んだ下呂は、ついに俺等の方に体を向け、間もなく氷をぶん投げてきた。
「うお! 危ねえ!」
「いきなり攻撃的な方ですね。どんな育ち方をされたのか」
もちろん、自分の氷にやられるほどボケちゃいない。だが、目の前に立つその人間に、違和感を感じないのは無理があった。
何処を向いているのか分からない視線、無秩序に垂れるよだれ、規格外の力……こいつ、本当に人間か?
「外山さん? 人間のフリしたつくもがみじゃないっすか? ちょっと様子おかしいっすよ?」
「私のつくもがみは……見ての通りくるくる回っていますので……」
要するに使い物にならないという訳か。つくもがみじゃないとすれば、薬物中毒者かもしれない。
「とにかく、今度は凍らせます」
ブレードをいつもより強めに叩く。視界を遮らないよう、圧縮して紐状に氷を伸ばす。ほら、逃げてみろよ、何処までも追いかけてやるぞ。
ところがどっこい、下呂は向かって来たそれを、握りしめた左手で叩き落した。……まじで?
下呂は自分が氷上にいることなんて気にする素振りもなく、真っ直ぐ俺目掛けて駆け出していく。
氷の飛沫どころか血飛沫も舞っている。左手はこれで使えないだろうが、あいつ、頭おかしいのか?
「クソ野郎!」
外山さんはある程度離れた場所に後退した。よし、俺もこれで動ける。あんまり下呂が近いと、奴を凍らせようとしても、勢い余って俺まで凍っちまう危険がある。ここは距離を取る必要があるな。
螺旋状に氷を展開し、その上を滑り登っていく。もちろん、実際のスケート靴じゃ出来ないことだ。
「おら! ここまで来れねえだろ?」
いつの間にか俺が追いかけ回される側になっているのは、良くない傾向か? などと思った矢先、下呂は膝を曲げて俯いてしまった。……違う、あいつジャンプしようとしてんのか!?
予想通りだった。まるでムササビのように、手足を広げて垂直に跳び上がった。ビルの3階に達するほど上に居た俺に、こいつは追い付いてきた。
「……ふざけ!」
予想通りだが予想外過ぎる。そして疑惑は確信に変わる。こいつ絶対人間じゃねえ! 人間じゃねえなら、容赦しなくていいよな?
「お前忘れてんのか? この氷、俺が作ったやつだぜ?」
生み出すのなら消し去ることだって可能だ。俺はこの螺旋状に伸びた氷を躊躇なく消失させた。氷が水になるとかそんなんではなく、パッと消え失せるのだ。
もちろん俺も下呂も足場が無くなったので、そのまま重力に従って落ちて行くしかない。だが残念だったな、俺はまた生み出せるんだ。
滑り台のように伸ばした氷は俺のみをすくい上げ、安全に地表まで滑り落ちるルートを用意してくれた。反面、下呂は何も掴むものなどなく、逆さになった頭はアスファルトと激突不可避だ。
「え!? ちょ、ちょっと勅使河原君!!」
「安心してください、殺しませんよ」
落下する下呂に、立体的に8方向から氷をぶつける。1つ2つは殴り落とせても、宙に浮かぶこの状況では全て退けることなど不可能だった。
見事、アスファルトに血溜まりが染み込む前に、下呂を拘束することが出来た。
「……まったく、焦りましたよ」
安全が確認できたと判断したのか、外山さんはトタトタと走って戻って来た。随分汗が額に滲んでいる。本当に俺が人殺しをするわけがないでしょうに。どうにも居心地が悪いので、話題を変えてみる。
「つくもがみ、まだアタフタしてますね……」
「ええ……。少なくとも、彼が何もない一般学生ではないのは確かですが……」
クソ、こういうとき、言葉の通じるつくもがみは重宝するだろうなとは思う。……いや? 待てよ。
「神代さんなら! 神代さんに心の声を聞いてもらえれば! 何で混乱してるかわかるんじゃないすか?」
「どのみち彼らと合流しますから、その時聞いてみましょう。さぁ、車に彼を積みますよ」
ワゴンの後ろの座席を畳んで、人間を運び入れるその姿は、どう見ても誘拐犯にしか見えなかった。
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