第21話 ティア?ってなに?

 

「私が解説しましょう」

 

 外山さんは持っていたファイルをペラペラと捲り、慣れた手付きで一枚の紙を抜き出し、あたしが見易い向きにしてテーブルに置いた。

 そこにはつらつらと箇条書きで文章が並べられている。見出しは、「使役者の皆さんへ」と書かれていた。

 

「使役者のルールがこの文書に纏められています。しっかり把握しといてくださいね」

 

 ざっと目を通してみたけど、そんなに難しいことは書かれていない。つくもがみを用いて人に危害を加えていけないとか、営利活動をしてはいけないとか、そんなことだ。つまり、マジシャンとしてショーに出演しようもんなら罰せられるってことだ。

 

「さて本題ですが、裏面を見て頂けますか。一番上の文です」

 

 結月さんは窓の外を眺めている。きっとこの話はさほど重要度が高くなく、興味も薄いので、早速キャンパス内の声を聞き取ろうとしているのだろう。あたしも聞いといてなんだが、長くなりそうなら別に知らなくてもいいような気がしてきた。

 仕方ないので言われた通り紙を捲る。一番上は……

 

「使役者はTier1.2.3.4のいずれかに分類され、その危険度と貢献度を定める」

 

 なるほど、やっぱり階級分けってことだね。そうなると、あたしのティアを決めるためだけに、勅使河原はあたしの頬に傷を付けたってことになる。あそこまで思いっ切り蹴り込まなくても、良かったんじゃないだろうか。

 

「結論から言えば、テメーのTierは2でいいと思うぞ」

 

 勅使河原が何処か不服そうというか、致し方なくそうしたみたいな印象を醸し出す。

 

「ま、まじで!?」

 

 甲斐さんが目をまんまるにして身を乗り出す。もしかして、甲斐さんのティアは……

 

「俺より、上!?」

「は! そりゃそうだろ? ただうずくまってるだけのあんたよりは」

 

 案の定だった。つくもがみを使役して一ヶ月のあたしが、一年先輩の彼より上なのは気まずい。正直あたしは何処でもいい、何とかならないだろうか。

 

「あれだけ滑空できるのは貴重だ。パワー不足が気になったが、3よりは2かなって思うぜ」

 

 意外にもあたし達を評価してくれているのだろうか。でも2より3が下ってことは、上から2番目? それはちょっと違和感あるかもしれない。

 

「あの、有り難いんですけど、あたしまだ経験不足だし、皆の助けがなきゃ何もできな」

「そ、そんなことない! 千尋は……良くやってる! こないだの自転車だっ、て……」

 

 甲斐さんが俯きながら床に向かって大声を出す。言葉が途切れ途切れなので、悔しい気持ちを必死に押し殺しているのが分かる。うーん、やっぱ気まずいかも……。

 

「そうですね……実際に交戦した勅使河原君が言うなら……うーんしかし」

 

 外山さんは少し納得が言ってないようだ。よし、その調子だ!

 

「まだ一ヶ月なので……ここはやはり様子を見て、3でいきましょう」

  

 あたしはほっと胸を撫で下ろす。甲斐さんは複雑な感情だろう。

 ふと疑問が湧いてくる。意外とさくっとこの話題が終わりそうなので、あたしはついでに質問してみる。

 

「あの、ティアが高いとどうなるんですか? この紙にはそこまで書いてなくて……」

 

 よもやただの格付けのために設けられているわけではあるまい。しかしこの質問は、ここまで淡々としていた外山さんを目覚めさせるきっかけになってしまったのだ。

 

「どうなる? どうなるとはどういう意味ですか? どうもなりませんよ。もしかして報酬が上がると思いましたか? 残念でしたそんなことはありません。そもそもね、使役者はね、危険なんですよ。その場に一般人しかいなければ、完全犯罪だって可能なんだから。Tierはね、そういう危ない連中を厳格に管理するためにあるんですよ。1の神代さんが妙な動きを少しでもしたらね、直ぐに政府権限で対処しますよ。まあ戦車が束になっても敵わないですけどねははは。あなた達はね、もっと謙虚にしめやかに慎ましく生きなさい。自分が爆弾だと自覚して大人しくしてるのが一番いいんですよ。だいたいね……」

 

 息継ぎをせず、瞬きもせずに耳を真っ赤にしながら、人が変わったようにベラベラと喋り続ける。滑舌が良いので、ずっと喋っててもわりかし耳に入ってくる。あたしの感想は、結月さん凄い! だけだ。

 口を必死に動かしながら、徐々にあたしに近づいてくるので、あたしもそろりそろりと後退る。しかしこの人、なんで急にこんな興奮したんだ?

 

「始まったよ……外山さん、どこでヒートアップするか分からねぇんだ」

「厄介すぎだろ。お前もよくこんな上司と働けるな」

 

 あんまり反りが合わなさそうな二人が、お互い耳を塞ぎながら、碌でもない人間のことで共感しあっている。感情の起伏が読めない人間が側にいると、余計なストレスが常にかかってくる。このサークルの二人がそうでなくて本当に良かった……。

 

「まあ、君達はこの地獄のエリアを担当しているから、まだマシですけどね。くれぐれも調子に乗らないでくださいよ、あくまで生かされているということをお忘れなく」

 

 嫌な言い方である。同じことを思ったのか、甲斐さんは吐き捨てるように、

 

「へ、Tier4の人畜無害はそりゃ安全だろうな。調子に乗りようがないですもんね」

 

 と言い返した。……あんまり刺激しないほうが……。

 

「な、何をーーー! 高いのがそんなに偉いか! だいたい君は僕とそんなに変わらないだろうが!」

 

 ほら、おかしくなっちゃった。やめときゃ良かったのに。興奮する外山さんを勅使河原君がぐいぐい部室の外へ追い出す。何かすっかり最初の印象が変わってしまったよ。

 

「わりい、帰るわ。とりあえず、俺らは外を引き続き調べるから、何かあったらすぐ情報交換だ、忘れんなよ」 

 

 最後は嵐のように場を荒らし、あたしと甲斐さんはすっかり疲れ切った顔をしていた。結月さんはこうなることが分かっていたのだろうか、一人涼しい顔をして、いつの間にか自販機で買ってきただろうカフェオレを啜っていた。

 

「結月さん、ティア1なんですね。凄いです」

「たまたまです。それに、私が凄いわけではなく、刀が凄いだけですから」

 

 そ、そうだそうだ。別にあたしが強いわけじゃない。そこは勘違いしてはいけないなと、強く心に刻んだ。

 

「ちなみにティア1は、バカ傘の拡張仕様を突破できるか否かが必要条件の一つだぜ」

 

 そうなんだ。つまり結月さんが本気になれば、刀をもっと抜けば、バカ傘はお陀仏という訳ね。

 

「あと二人いるんだよな、1は」

 

 新しい情報が次々とやってくる。結月さん並の人が二人もいるんだ。その人はどこで何をしているんだろう。少し気になったが、今はそんなことを考えるよりもやらなきゃいけないことが沢山ある。

 あたしは渡された紙を最後まで読む。ティアなんかよりも大事なことが、最後の文に記されていた。

 

「使役者たるもの、発生したつくもがみは例外なく排除しなければならない」

「我々にしか、それは出来ないのだから」

 

 

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