第20話 異常な反応
ビルの屋上に無許可にたむろっているのは褒められたもんじゃなかったので、あたし達は部室に場所を変えに来た。行き掛けにコンビニでパンと絆創膏を購入し、あたしは空腹と痛みの両方を和らげた。お代は甲斐さんが快く払ってくれた。
休日に大学を訪れるのは初めてだ。もちろん平日と比べて人の気配はまばらで、物悲しい雰囲気が漂っているのを感じた。そよ風が木を揺らし、葉が擦れる音がいつもより心地よく聞こえる。あたしは休日の大学、割と好きかもしれない。
およそ大学とは無関係の役人がズカズカとキャンパスを練り歩いていても、特にお咎めはない。意外にも大学のセキュリティは穴だらけなようだ。
「相変わらず汚ねぇ部屋だな」
その口ぶりから、彼らは何度かここに来ているようだ。角に立て掛けられている傘が言い返さないか、あたしは少し期待したけど、どうやら今はお休みのようだった。
ん? 奥のソファーに横たわる毛布が、何だか盛り上がっているように見える。男の文句に反応したのか、もぞもぞと芋虫のように蠢き出す。
結月さんがひょっこりと顔を覗かせた。
「結月さん! どうしたんですか?」
「ユヅは割と休日もここにいるぞ」
先に甲斐さんが説明してしまう。まさに自宅のようにこの部室を利用しているみたいだった。突然つくもがみが発生しても対処できるようにしているんだなと、あたしは勝手に関心する。
「お、お疲れさまです! 神代さん!」
急に態度が変わる。スーツの襟を正し、ネクタイを締め直した男は、深々とお辞儀をした。
「勅使河原はユヅのことは尊敬しているんだけどなぁ」
「ふん、君と神代さんでは、比較にならないよ」
スケート靴の男は勅使河原龍之介というらしい。長ったらしい名前で覚えづらい。
眼鏡の男は外山正宗と如何にもお堅い名前をしていた。イメージとぴったりである。その外山さんが持っていた鞄からファイルを取り出し、あたし達に向けて話し始める。
「ちょうど神代君も居るようなので、早速本題に入らせていただきたい。君達に報告しなければならないことが起きたのでね」
「……報告書、忘れてたことっすか?」
ポリポリも頭を掻きながらおどけたように甲斐さんが彼らの目的を予想する。確かにそのせいであたしは酷い目に遭ったけど、そんなこと電話でいいだろ!
「それに関しても追々……結論から申しますと、ここで複数のつくもがみを確認しました。もちろん未確認の個体です」
この人も結月さんと同じで、つくもがみの声とやらが聞こえるのだろうか。察しが悪そうなあたしの顔を見て、外山さんはすまない、と謝りを入れる。
「君……相澤君は知らなかったね。私のつくもがみはコンパスです。磁力の感知……ではなく、つくもがみの方角を教えてくれるんです。それが拡張仕様となっています」
そう言って外山さんはポケットからコンパス……のような何かを取り出す。所謂方位磁針の周囲に、小さい人間の手足みたいなのが生えてる。たまにバカ傘から見える足とは違く、すべすべの赤ちゃんみたいな質感をしている。
コンパスのつくもがみは外山さんの肩に乗り、まるであたしに挨拶するかのように、左手? を上へ掲げた。
「不思議だよな。バカ傘もそうだけど、なんで物だったものから人間の手やら足やら生えてくるんだろうな」
甲斐さんとバカ傘には悪いが、結構気持ち悪いので、マフ太に生えてなくて心底良かったと思う。まあマフ太は、たまに歯なのか牙なのかわからないものが浮かび上がっているときがあるけど。
「ちょっと待ってよ外山さん。今更どうしたんだよ。ここならユヅが居るんだから、つくもがみが居たからってわざ言うことないだろう?」
甲斐さんは、だよなぁ、と結月さんの方へ目線を向けて同意を求める。
「私もここ最近、いくつかつくもがみが居ることは気づいていました。ただ……」
バツが悪そうに結月さんは言葉に詰まる。
「何かいつもと違うような感覚があって……私の勘違いかもしれませんが」
「いえいえ、おそらくその予感は当たっています。今回のつくもがみ、キャンパス内に留まらず、周辺の街にも反応が見られるのです」
だから街中にいたあたしに目を付けたのか。紛らわしい真似をしてしまい申し訳ない。
ただ説明を聞いているだけのあたしだったが、今分かったことがある。結月さんはあくまでつくもがみの声を聞くのはキャンパス内であって、外山さんはもっと広い範囲を探せるんだなと。
「え? で、でもユヅ、つくもがみが外に出たら分かるよなぁ」
結月さんはコクリと頷く。確かにそうだ。何かがおかしい。
「分からなかったのも無理はない。このつくもがみ達、僕のコンパスでも不可思議な挙動を見せるのです。ものの数十秒の間に、反応と無反応を繰り返すのです」
つまり……どゆこと?
「ある時はつくもがみであり、ある時はそうではない……そうとしか考えられないのです」
つくもがみ発生ホットスポットのキャンパス内のみならず、街中につくもがみが跋扈している状況は、確かに良くない。そしてそれはつくもがみになったりならなかったりする。そんなこと、今までになかったようだ。
一度つくもがみになった物は、元に戻ることはない……あたしもそう説明されていたことを思い出す。
「た、建物に入ったら分からなくなるんじゃねーの? ユヅもそうだよな」
「外山さんを舐めんじゃねぇ! いつもいつも正確な位置は全然分からねぇけど、反応が消えるなんて今まで無かったんだ!」
勅使河原は大きな声でフォローのようなそうでないような援護射撃を繰り出す。
そういやこいつ何歳だ? あたしの脳内では自然と呼び捨てになっている。
「とにかく、このキャンパス内に居ることは確かなんだ。ここを示す反応が一番多いからね。君達にはこの敷地内を調査してほしい」
「言われなくてもやりますよ。しらみ潰しに探してれば、それっぽいの見つかるっしょ」
甲斐さんは何処か楽観的である。そうだよね、前例のないことかもしれないけど、こっちで見つけさえすれば、真相が分かるかもしれないよね。
「有り得ねぇよ!!」
突然の怒声に、ここに居る全員、いや結月さん以外が全身を強張らせる。バカ傘……寝たふりしてたのか。
「つくもがみは絶対元には戻らん!」
「何かカラクリがあるはずだ! 優太! ……
気を付けろよ。俺の悪い勘は、当たるぞ」
少し緩んでいたあたし達を見透かしたような言葉を吐く。間違いない、油断なんて百害あって一利なしだ。
……急に叫んだ割に、言いたいことを言うとすぐ黙るので、妙な時間が流れる。あたしはいい機会なので、わからないことを質問しようと決めた。どうせ初心者ですからね!
「すいません、全然関係ない話なんですけど……ティア? ってなんですか? さっき、ちらっと聞いた単語で……」
男3人が目の色を変えてあたしを凝視する。怖いわ、一体どうしたのよ。
聞かなきゃ良かったと思うほど暑苦しい、怒涛の解説が始まることを、この時はまだ知る由も無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます