第19話 もっと自由に

 

「か、環境省……?」

「未確認物質対策室所属です。名刺は……いりませんよね、差し出がましい真似をするとこでした」

 

 つまりこの人達って……役人ってこと? 確かに服装はイメージ通りの黒スーツだけど……いやいや! ヤクザだってスーツ着てるし!

 未確認物質って…つくもがみは生き物じゃないから、そう表現するしかないのか。何か少し感心してしまう。 

 

「私達は、国内の使役者を全て把握するのが仕事の1つですから、あなたのような方を野放しにするわけにはいかないのですよ。まあもっとも、ここに居たのが野良のつくもがみではなく、使役されたつくもがみだったことは想定外でしたが」

 

 ま、待って、日本全部の使役者を知ってるなら、きっと彼らのことも……。

 

「甲斐さんと、神代さんは知ってますか!? 彼らとあたしは知り合いです!」

 

 二人の名前を不用意には出したくなかったが、このまま黙って拘束される訳にはいかない。あたしは精一杯彼らのサークルの一員であることをアピールする。

 氷の奴も眼鏡の奴も、二人の名前を聞いた瞬間お互いを見合わせ、何かを察したような声を出した。

 

「あぁ〜。しかし彼からは何の報告も受けていませんね……」

「外山さん! 関係ねぇっすよ! こいつが嘘ついてるかどうか、捕まえてから確かめりゃいい」

 

 こいつの言う通りである。あたしが彼らの立場でもそうするだろう。だからって、どんな理由があるにせよ、自ら捕まりに行くなんてありえない。

 

「それにこの女の言ってることが本当でも、Tierティアは決めなあかんっしょ!」

 

 ティア? ゲームとかで聞くあのティアだろうか? 格式とか強さとかを表すやつ。きっと彼らは、あたしの危険度を測りたいのだろう。

 

「甲斐さんに連絡してみます。それまでは好きにしてください。殺してはいけませんよ」

「りょーかい!」

 

 とてつもなく生き生きとした表情である。人を傷つけることにここまで興奮できる野郎に、好き放題やられるのは胸糞悪い。

 

「あたしだって、黙ってやられるだけじゃない!」

 

 太ももを拳で2回叩く。立ち上がったあたしは、眉間にこれでもかとしわを寄せ、この溜まった憤りを目で訴える。

 

「いくぜ」

 

 男は元々履いていた革靴を脱ぎ捨て、さっきのスケート靴を足に装着する。そして再びカツン、と床に叩きつける。

 薄氷があたしヘ伸びて来る。同じ手が通用するか!

 

「マフ太! 氷を弾き飛ばして!」

 

 要はあたしに氷が到達しなければいいんだ。どうしても後手にはなるけど、マフ太ならきっと氷を砕ける!

 期待通り、マフ太は向かってくる氷を右へ左へリズムよく吹き飛ばす。冷たいかもしれないけど、頑張って!

 

「それで上手くやれてるつもりか?」

 

 いちいち突っかかってくる煽りを聞き流して、目の前のことに集中する。しかし男はぐっと姿勢を低くし、まさにスピードスケートのように氷を高速で滑りだした。

 

「使役者本人があまりにお留守だよ」

 

 薄氷がわずかに上へ向き、まるでジャンプ台のように変形する。男はそこに勢い良く突入し、今度はフィギュアスケートのようにくるくると回転する。

 テレビで見るような綺麗なジャンプに、少しだけ見惚れてしまったことを後悔する。回転の勢いそのまま、あたしに向けて靴のブレードが斬りかかってきた。

 

「うわ!」

 

 体を後方へ反らし、すんでのところで避ける。そのまま距離を取るために、あたしは後退りする。

 頬に暑い感触が流れる。多分少し切れてしまったのだろうが、触って確かめる勇気も余裕もなかった。

 

「ハァ、ハァ……!」

「分かったか? お前は全然駄目だ。……今までつくもがみはどんくらい殺ったんだ?」

 

 物騒な言い方に不快感を覚えたが、今は質問に答えて時間を稼いだほうがいいと思った。

 

「こないだ……1体……自転車のつくもがみ……」

「まだまだ経験不足か。いいか? つくもがみだけにとらわれるんじゃねぇ。お前も含めて戦わなきゃ、この先まじで死ぬぞ?」

 

 なんで今日初めて会った見ず知らずの輩にここまで言われなくちゃいけないんだろうかと思ったが、よくよく考えればこの人、めっちゃ教えてくれてる?

 今言われたことそのものを、あたしは一切否定する気はなかった。あれだけ一緒に戦おうと誓ったのに、まだあたしは他力本願だったんだ。

 

「……思いついたこと、実践していい?」

「見せてみろよ、初心者」

 

 今度は氷が柱状に何本も出現してくる。気づいたよ、あたしは捕まる前から自分に制限をかけていたんだ。

 あたしはもっともっと、自由になっていいんだ。

 

「マフ太! あたしと飛ぼう!」

 

 呼び掛けと同時に、マフ太はあたしの首に巻き付いて思いっ切り上空へ飛び立っていく。あたしは変な力を入れず、為るがままに体を空中へ誘う。

 

「マフ太、重いかもしれないけど、耐えてね!」

 

 あたしは両足をマフ太の上に乗せる。さながらサーフィンのように、重心を低くしてバランスを取る。

 氷柱はお構いなしにあたし達に迫るが、それよりも速く飛び回る。左右から来れば上下に避け、上下から来れば左右に避ける。どうだ! 見たか!

 

「へぇ……悪くねぇ」

 

 男は、あたしが必死に避けてるだけだと思っているだろう。今も避けながら奴の隙を探している。これだけ氷を広げれば必ずブラインドになってあたし達を見失う瞬間があるはずだ。

 一瞬やつの目線があたし達の逆を向く。今だ! とマフ太に指示を出そうとしたとき、急激にスピードが落ちる。ま、まずい。マフ太、鳥じゃないから滞空はできないんじゃ……。

 流石に調子に乗りすぎた。マフ太、疲れちゃったんだね。あぁ! 落ちるーー。

 

「おい! そこまでだ、千尋!」

 

 この声は……あ、甲斐さん。遅いですよ……来るの……。

 あたしは頭が逆さになり落下する最中、諦めの表情を甲斐さんに向けた。

 

「あらよっと」

 

 ツルン、と体が流れるように氷の坂を滑り降りる。なんと、助けてくれたのかな?

 

「外山さん、未登録依然の問題、未報告ってことっすか?」

 

 眼鏡の男は両手で丸のポーズを取る。横に居る甲斐さんが膝を地面に付き何か叫んでいる。

 

「ごめん! 俺のせい!」

 

 つまりあたし……無駄に戦ったってこと?

 

「昼ご飯……奢って……ください」

 

 安心したらお腹がとてつもなく減ってきた。割と死にかけたのに、ご飯で済ますあたしは何て優しいのだろうかと、すり減ったお腹をさすりながら自画自賛した。

 お父さん、平日どころか休日もこんな目に合ってたら、健康にすら気を使えなくなりそうだよ……たはは。

 

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