第14話 美玲の過去 あたしの未来
「早い話、長谷部さんはオイルライターを盗んだ、ってことでいいんだよな」
唐突な話の展開にあたしは困惑して、テーブルを挟んだ甲斐さんに、勢い良く迫ろうとした。でもその拍子に脛をテーブルの角に思い切りぶつけてしまい、あたしは仕方なくソファーに戻り、顔をしかめて悶絶する。
この部室は4人で居ても狭いわけではないけれど、どでかいテーブルがあるせいで、スペースの確保が難しい。ソファーにはあたしと美玲と神代さんが座り、甲斐さんだけが立って壁にもたれ掛かっている。
「な、何を根拠にそんな」
問い詰めるあたしに、甲斐さんは一連の出来事を説明した。つまるところ、あのオイルライターの持ち主は美玲に対して、部室で何らかのサークル勧誘活動をした。その時、オイルライターを彼女に盗まれたんだと言っているわけだ。
「盗んだなんてそんなこと、たまたまリュックに入っちゃっただけかもしれないじゃないですか!」
「そりゃそうか」
甲斐さんも腑抜けた顔で頷く。あたしは美玲に問いかけた。本当に盗んだのかを。
「……盗み……ました」
そんな……
「あのとき……我慢ができなくて……すぐに吸いたいと思っちゃって」
「ちょうどライターが切れていたんです。だから……ちよ借りるだけのつもりで、置いてあったライターを」
未成年喫煙はともかく、窃盗をすぐに受け入れられるほど、あたしの心は広くなかった。
「いいや! 借りたんじゃない! 盗んだんです!ほんとに……ごめんなさい!!」
美玲はテーブルにつくんじゃないかくらい頭を下げた。横から見えた彼女の横顔に、嘘はないように思えた。それほどに目を赤く腫らし、鼻水だって滲んでいる。
「ライターは、あの倉庫が崩れて、壊れちゃったんですよね」
甲斐さんは美玲に、あたし達2人が倉庫にいるときに突然崩落が起こり、それに巻き込まれて気を失っていたと説明した。
「あ、あぁ、そうだよ。もうボロボロのベコベコになってて、見るも無惨な姿よ」
表現が嘘くさくなっている。
「あたし、彼にも謝ります。そして、大学や警察にも話して、どんな処分も受け入れます」
「ち、千尋ちゃん!」
突然名前を呼ばれびっくりしたあたしは、ひゃい!? と変な声を上げてしまう。
「これからも仲良くしてほしいなんて言わない。でも、もう友達に嘘をついたりやごまかしたりして、過ごしたくない!」
「だから、ちゃんと償うから……お願い……見ててくれるだけで、いいから……」
ソファーの上に正座して、手をこれでもかと力いっぱい握りしめて、俯いているのに、顔がぐちゃぐちゃなのがどうしてか分かってしまう。
「……あたしは許したり許さなかったり、そんなことは考えてないよ」
「実習、すごい楽しかったから、また一緒に泥だらけになろうよ」
「別に友達だろうがなかろうが、あたしは美玲ともっと、話したい。それだけ」
一瞬顔を上げた美玲は、やっぱり涙でびしょびしょで、すぐにまた伏せて、わんわん泣き始めてしまった。
「ズ……ズビ……ビァァァァアア……!!」
泣き続ける美玲を見下ろし、甲斐さんはどこか困った様子だった。
「参ったな……別に俺ら、謝らせたいわけじゃなかったんだ」
「俺はあんたを裁いたりちくったりする気は一切ない。ただ、聞きたいだけなんだ」
何を? という顔を3人が揃って甲斐さんに向ける。
「何で、タバコ吸い始めたんだ? 誰かに誘われて? でもさ、正直長谷部さんって、そんなタバコ吸いそうな感じしないし、友達だってこの相澤さんだろ?」
この相澤さんとは何だ。言い方に引っ掛かったあたしは、
「なんですか、あたしがタバコ吸わなさそうな、真面目で面白くない人間て言いたいんですか」
「お、出たな。被害妄想が得意だな、相澤さんは。一言もそんなこと言ってないだろ?」
そりゃそうだけど、なんか含みがある言い方だったことにあたしは文句があるんだ。それに何だ、窃盗より未成年喫煙に興味津々な上に、普通聞くか? こんなこと。
「私も気になります。いかにして未成年ながら喫煙という行動を選択したのか、興味があります」
良くないこととはいえ、友達のプライベートを探ろうとする2人に若干憤りを感じる。つくもがみばっか見てるから、人の感情とか分からなくなっちゃったのかな?
「ちょっと2人とも、やめてくだ」
「ありがとう千尋ちゃん、でも話させて。……誰にも話したことないけど、ちゃんと自分と向き合いたいから、言わせて」
……まあ、美玲がそう言うならいいか。あたしは一瞬甲斐さんを睨んで、ソファーに座り直す。
美玲は、初めてタバコを吸った時のことを話し始めた。それは高校3年生、つまり去年のことで、クラスに馴染めなかったり受験勉強で悩んだりと、少しナーバスになっていた時期に、喫煙という手段に手を出したそうだ。大学生になってからもずるずると止められず、今に至ったと言う。
あたしが見ていた美玲は、悩みなんか無いみたいに元気だった。あたしにも声をかけてくれて、仲良くしてくれた。もしかしたらそれは、強めの香水で匂いを誤魔化していたように、本当の自分を隠すためだったのかもしれない。
「なるほど、悩み事を紛らわすために吸ってたのかぁ。長谷部さん大人っぽいから、コンビニで買うときも怪しまれなかったんだろうな」
確かに、20歳は越えていると言われても全く違和感はない。ほんとにあたしと同い年?
「お酒のほうが、紛らわせそうな気がするのですが」
神代さんの質問に、美玲は口をアワアワさせてまるで鯉みたいになっている。こりゃ酒も飲んでるよこの人は。凄いな、逆に面白くなってきた。あたしも甲斐さんのこと責められないや。
まあでも、わざわざ追求するのは辞めておこうと思った。いきなり洗いざらい話すのは、しんどいだろうしね。
「相澤さんには非行エピソードはないのか?」
「デシカシーの無い先輩を引っ叩いたら、不良になれますかね?」
甲斐さんは、そう言うあたしの顔を見て吹き出す。
「ふふっ、結構攻撃的な性格してるよな。まあ初めて会ったときもそうだったか」
「相澤さん、全然つまらない人間じゃないよ。めっちゃ面白い」
うぅ……やっぱりほんのり馬鹿にされている気がする。
「あはは……」
美玲が少し笑う。終始変な掛け合いを見られて恥ずかしかったけど、ちょっと元気が出てそうなのでよかった。
「千尋ちゃん、このサークルに入りなよ」
ドキッと心臓が不必要に鼓動する。何なの、皆してあたしをこの怪しいサークルにねじ込もうとしてくる。
……まあでも、意地張ることもないか……。
「ど、どうですか……相澤さん……」
直近で失礼なことを言った人が、急に下手に出ても効果は薄いだろう。
「相澤さん。私も、相澤さんに入部してほしい。一緒に、落とし物探したい」
そんな綺麗な眼で見つめられてお願いされれば、断るほうが後々心苦しくなりそうだよ。
「……入りますよ。どうせ、他に行くとこないですし……」
それに、あたしはもうつくもがみと切っても切れない関係になってしまったんだ。無関心では、いられないよ。
「いやったーー! やったな! ユヅ!」
神代さんは表情を変えず頷く。甲斐さんは対象的に万歳して喜んでいる。
「嬉しそうだな! ユヅも!」
そうなのかな? あたしにはそこまでわからないけど、まあふたりとも喜んでくれるなら有り難い。
変な幕開けだった大学生活が、これで少しでも楽しくなるといいなと思った。やけにここまで遠回りだった気がするけどね。
月明かりを遮っていた雲が居なくなったのか、夜空はさっきより明るかった。この街の空に、煌めく星がこんなにあるなんて……あたし、初めて知ったよ。
窓に映るあたしの顔、今は誰にも見られたくないかもしれない。
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