第13話 刀のつくもがみ
「よくできたんじゃねぇか、ちんちくりん」
「よし! ユヅ、いけるぞ!」
甲斐さんはそう言って走り出し、瓦礫の山に横たわるつくもがみのすぐ後ろで、傘を開いた。これで、あたし達はつくもがみを挟む形になる。どうしてそこに行ったんだろう。
あたしはマフラーに戻れと言い、自分の所に呼び寄せた。
「待たせてごめんなさい。相澤さん」
神代さんはこっちを見ることなく、あたしに謝る。何を言ってるんですか、今までさんざん助けられてきたのに、謝られることなんて何一つないのに。
「私のつくもがみは、甲斐君がいないと」
「いないと?」
右手で柄を、左手で鞘を握って、神代さんは刀を縦に持つ。
「……周りの建物とか全部、壊しちゃうから」
「ユヅ! 程々にしてくれよ!」
甲斐さんの言葉には、切実さが滲み出ていた。
神代さんは刀身を少しだけ、ほんの少しだけ鞘から抜き出す。でもどうやら、甲斐さんには違って見えたようだ。
「ユヅさん? ちょっと出し過ぎでは……?」
「あーあいつ、いつもより気合入ってんなこりゃ」
神代さんはあたしにぎりぎり聞こえる程度の小声でこう呟いた。
「仕様制限限定解除……」
その瞬間、周りの空気が突然呼吸を止めたみたいに静かになった。風の音も、草木が揺れる音もしなくなる。
カチャンと刀を鞘に納め直す音が、これ以上ないくらい綺麗に、透き通って聞こえた。
一気に風が吹き荒れる。秩序なんて無いみたいに、デタラメに流れる風の中、あたしは立っているのが精一杯だった。
ライターのつくもがみがようやく起き上がり、神代さんに炎を吹き付けようと熱り立ったときには、切れ味の悪いノコギリで切ったような重い音とともに、その体を真っ二つにされていた。
「うぉぉぉぉ!! あ、ヤバ」
甲斐さんはその叫び声と同時に、傘で何かを弾いたようで、その衝撃のまま後ろへ吹き飛んでいった。
「か、甲斐さん!」
「あ……ご、ごめんなさい甲斐君!」
3本生えている杉の木に順番にぶつかり、勢いが落ちたのか、甲斐さんとバカ傘はうつ伏せで地面に倒れた。
「あ痛ててて……」
「か、甲斐君……大丈夫……?」
動揺している神代さんを見るのは初めてかもしれない。甲斐さんはそんな神代さんをよそに、右手でサムズアップする。ちょっとダサい。
「俺は大丈夫だ。バカ傘? 生きてるか?」
「げ、ゲェ……寝、寝る……まじで……」
どうやら死んではいないようだ。あたしはほっと胸を撫で下ろす。今までは正直気持ち悪い存在だなと思っていたけれど、今日はたくさん世話になった気がするから、死んでしまっては寝覚めが悪い。
「凄かったろ? ユヅのつくもがみ。」
あたしは赤べこのように、首をすごい勢いで縦に振る。
「まあ、凄すぎて関係ないものまでぶっ壊しちゃうんだけどな」
「うぅ……」
神代さんが申し訳無さそうな、恥ずかしそうな顔を……してなかった。やっぱり無表情だよ、この人は。
甲斐さんの口ぶりだと、多分刀身が鞘から出れば出るほど、威力が高くなるんだろう。あんな少ししか出てなかったのにこれなんだから、ビビるしかないでしょ。
真っ二つになったライターのつくもがみに目をやると、既にそれは元のライターに戻っていた。だが、真っ二つになっていることが変わることはなかった。
「しょうがねぇよな。つくもがみになって、結果こうなっちゃえば、もう持ち主には返せないよな」
甲斐さんは体を起こし、少し俯いてそう言った。
「まあ、あれの持ち主は俺の知り合いだから、事情は分かってくれるさ」
「そうじゃなかったら、どう説明するんですか?」
率直な疑問をぶつけてみる。
「そりゃ……」
「完全に壊して捨てて、存在をなかったことにしています。無いものをいくら思い続けても、つくもがみは発生しませんから」
そう言いながら彼女は、2つになったライターを拾って、自身のポケットに仕舞う。
一切罪悪感など無いかのように話す神代さんを見て、甲斐さんは少し呆れた様子だ。あたしとしては、包み隠さず言ってくれて嬉しいけれど。
「悪いですね……AOSサークルさんは……」
「俺達は慈善事業じゃないしな。つくもがみがむちゃくちゃしないように、できることをしているだけだよ」
それでも、あたしのためにこんなに頑張ってくれたことに変わりはない。
「あの……ほんとにありがとうございました!」
目一杯頭を下げる。ほんとに感謝の気持ちでいっぱいで、言葉でしか伝えられないことに歯痒さすら感じるくらいだ。
「えー、ほんとかなぁ。来るのおせーよとか、思ってたんじゃないの〜?」
「照れ隠ししている甲斐君は、あまり見たことがないです」
おいこらと、甲斐さんは恥ずかしそうに神代さんをたしなめる。 なんか、いいなぁ、仲良くて。あたしも……。
……こんなこと考えるくらい、なんだか心に余裕を感じるのは久しぶりな気がする。なんだかんだであたし……使役、できたんだよね?
「シャアァ?」
猫みたいな鳴き声だ。あたしはなんだか愛おしくなって、両手で軽く撫でてみた。質感とか、特に変わってないみたいだ。
「ごめんね? 大変な思い、させちゃったね」
「あと、今まで守ってくれて、ありがとう……。これからはあたしも一緒に、戦うから!」
そう高らかに宣言した自分に、ちょっと驚く。
それは甲斐さんと神代さんも一緒みたいだった。
「そ、それって……」
「うちのサークル、入るってこと……」
ま、まずい。まだそこまで気持ちが固まったわけでは……。
マフラーはあたしの思いに同意したのか、首元に普通のマフラーみたいに巻かれていった。
「つくもがみもそれでいいみたいだぞ、相澤さん。待ってろ、すぐに入部届を……」
「あ、いや!ちょ、ちょっと待ってもらっ」
その言葉を言いかけたとき、
「千尋……ちゃん……?」
と呼ばれる。
そうだ、美玲がいたんだ。よかった、起きたんだね。
「み、美玲」
「あ、いたの忘れてたわ」
「私もです」
こら。あたしはこのデリカシーゼロコンビの発言に、少し同意してしまう。正直あたしも忘れてました。
「とりあえず、部室戻るか」
甲斐さんの言うとおり、あたし達は疲弊した体を引きずりながら、部室へ向かう。めちゃくちゃに崩れた倉庫は、このあとどうするのだろうか。聞くと面倒なことになりそうなので、あたしは黙っていた。
少し強い夜風が、あたしのマフラーを揺らす。飛ばされないように、あたしはそれをぎゅっと握りしめた。
その感触は、なんだか優しくて、力強くて、心がとっても暖かくなる、そんな気がした。
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