第12話 守ってくれていたんだね
「伏せろ!!」
つくもがみまであと3歩ぐらいだったろうか、叫ぶ声があたしの耳に届く。反射的に声がした方向に目線は動いた。
夜空を背景にしても分かるほど鮮明な赤色が目に飛び込んできた。それが何なのか、あたしが見間違えるはずはなかった。大きさこそ変われど、間違いなくあたしの宝物だ。
それは空中を泳ぐように、あたしの方に近づいてきた。あたしの頭上まで来るやいなや、ヒュッと体躯をしならせる。そのまま動きを止めることなく、ゴムの跳ね返りのように、あたし達諸共辺り一帯を薙ぎ払った。
「うわぁ!」
土煙が視界を遮る。何が起きているのかさっぱり分からなくなってしまった中、誰かがあたしの体を思いきり持ち上げる。とっさのことで手足をバタバタさせることしかできない。
顔に滑らかな感触を感じる。長くて黒い髪の毛……土煙の中でもこんなに綺麗な髪は早々有るものではない。走り出したあたしを、彼女はすぐに追いかけてくれていたんだと気づく。
「か、神代さん……あたし……」
「甲斐君がきっと、連れてきてくれると思っていました。それでも、無茶はしないでください」
神代さんはあたしを抱えたまま、美玲が横たわる場所まで退く。そこには甲斐さんも、開いた傘を片手に待っていた。
「この子は……長谷部さんで間違いないよな?」
神代さんが頷いた。あれ? 彼女の名前は言ったような記憶はあるけど、どうしてその子が美玲だと分かったんだろう。
「この子のことは、とりあえず奴を倒してからだな。それよりユヅ、これでいいんだよな? 2体のつくもがみをぶつけるってことで」
「うん。使役のきっかけになると思って。見たところ、戦ってくれてるよね?」
依然土煙は舞っていてよくわからないが、あたしのマフラーは、ライターのつくもがみに対してちょっかいを出しているように見える。
「あー……多分な、相澤さんはもう、あのマフラーを使役できてると思うんだ」
「……え!?」
甲斐さんの言葉に思わず声が漏れる。戸惑っていると、傘がユラユラと動き出し、喋りだした。
「あのマフラーがつくもがみ化したのはなぁ、別のつくもがみがお前の近くにいたときだ。この女は、ライターを肌見放さずずっと持ってたんだろ」
「お前つくもがみ怖がってんだろう? 俺様も含めてな。その気持ちにあいつは応えてんだよ」
甲斐さんがあくまでも予想だと付け加えたが、確かに納得はいく。あたしを……守ってくれていたってこと……?
「さて、悠長にしてられん。ユヅ、とりあえずライターの方はぶっ倒していいぞ。俺らが来たからいけるだろ?」
神代さんはどこか後ろめたそうにしている。
「ごめん。刀、向こうに転がっていってしまって、無いの」
「……あら、まじでか」
お互いの間に軽い沈黙が流れた直後、土煙からマフラーが勢い良く飛び出してきた。
「おっと、またお前が標的だぞ」
「面倒くせぇなぁ!」
甲斐さんは傘を構え、あたし達から離れる。
「ユヅ! 何とか刀を取ってきてくれ。こっちはどうにか耐えてるから」
神代さんは力強く頷いた。
「ちんちくりん! 今奴は、つくもがみだったら何でも敵だと思ってやがる」
「使役ってのは気の持ちようだ! 何とかコントロールしてみろ!」
何とも曖昧な要望だなと思ったけど、たしかにこのままじゃ、何も状況は進展しない。
「……分かった……」
あたしは素直に返事をした。そしてまたもライターのつくもがみがあたしを睨みつけている。さっきまでより、どこか気が立っているように見えた。
ギリ……ギリ……ギュルルルルルルル!!!
皮膚に刺さるような不快な音だったが、少しだけ恐怖心が和らいでいる気がする。
あたしの大切な物は、あたしのことも大切に思ってくれているんじゃないかと、まるでお兄ちゃんが守ってくれてるんじゃないかと、心強さを感じているからだ。
「神代さん、さっきは勝手なことしてごめんなさい」
「でも、あたしも頑張りたいんです」
神代さんはあたしの手を握り、ゆっくり首を振る。あたしはそれを握り返す。
「あたしのこと、守ってくれて……ありがとうございました」
「刀は、あたしが取ってきます!」
神代さんの手は暖かくて、ちょっとだけ泣きそうになる。今度は、あたしがお返しする番だ。
お互いに手を離す。グッとアキレス腱を伸ばし、心と体を整える。お、これ使えそうだな……持っておこう。あたしは目に入ったそれを拾う。
「……やるっきゃない……よね!」
刀はつくもがみを挟んで50メートルくらい先に転がっている。そこまで行くのに、つくもがみを避けて、ぐるっと回り込むのは得策じゃない。やつの狙いがあたしに集中している間に、全速力で正面を走り抜けるほうがいい。
月明かりと、遠くからのグラウンドの照明が微かにあたし達を照らす。刀がある方はほとんど光が届いていなくて、あそこへ行けばもう戻ってこれないんじゃないかと錯覚する。
どうやら臆している暇はなさそうだ。さっきみたいに、つくもがみは正面に火球を作り出す。隙がある。
あたしは思いっきり、でも目は離さずに、体勢をなるべく低くして走り出す。
「行っけぇぇぇ!」
恐怖に押しつぶされないように、わざとらしく声を張る。火球を放つ前に、奴の後ろに回り込みたい。そのまま神代さんを目掛けて放つなら、その前にあたしが刀を投げ渡す。最悪あたしの方に向かってきても、焼かれるのはあたしで済む。
走るスピードを落とさず、正にあと1メートルと近づいたとき、火球がしぼんで消えていった。嘘……こいつ、あたしを釣った?
「避けて!!」
神代さんの叫びでハッとする。つくもがみはあたしをすり潰そうとしているのか、火花を散らすホイールが目の前に迫る。
あたしは左手を掲げ、さっき拾った石を、ホイールヘ乗せるように投げ入れた。
「釣ったのは、あたしもだよ」
すぐさままるで野球の盗塁みたいに、足からスライディングしてつくもがみを避ける。狙い通りだ。こいつは一度噛んだものは、砕こうとしてしばらく噛み続けるはずだ。
結構ギリギリのタイミングだったけど、成功してよかった。あたしは昔から、ここぞというときには体が動くタイプだ。追い詰められると逆に冷静になるっていうか、あんまりパニックになったことはない。
「す、すごい、すごいです!」
神代さんが歓喜の声を上げている。何だかとっても嬉しい。
そのままあたしは刀の下へたどり着く。また走って神代さんに受け渡すより、もっといい方法がある。
「神代さん! 受け取って!」
鞘の先端を持ち、サイドスローで思いっきり投げる。全身を使って、腕ではなく肩で投げようと意識する。さながら体力測定のソフトボール投げのように。鞘から刀が抜けてしまわないか、今は気にしている余裕はなかった。
グルングルンと刀が回転しながら、つくもがみの上を超えていく。神代さんはつくもがみから目を離すことなく、向かってくる刀を見事に片手でキャッチした。
「え、すご」
思わず声が漏れる。そしてあたしは、自分の目論見が成功したことに安堵した。
「神代さん! やっちゃって!」
あたしの呼び掛けは聞こえていただろうけど、神代さんは動かなかった。
……そうか! 神代さんは、ずっと甲斐さんが来るのを待っていた。なぜなのかは分からないけど、甲斐さんがいないと駄目なんだ。
甲斐さんは依然、あたしのマフラーにちょっかいを掛けられている。やっぱりあたしが使役出来ないと、甲斐さんが自由になれない!
「ま、待ってろユヅ! 今行、うわ!」
「バカヤロ! 気ぃ抜くな!」
ガリガリと石を噛み砕く音が止む。ライターのつくもがみは、再びあたしへ視線を向ける。
「た、助けて! あたしを守って!」
大声で呼んでも、マフラーはその行動を変えようとしない。どうすれば……どうすればあたしを、守ってくれるの?
「もう駄目! 甲斐君、私もうやり」
「待て! ユヅ!」
神代さんは刀を抜こうとしたが、甲斐さんの声で思い留まる。あたしが、あたしが頑張らなきゃ、駄目なんだ!
そうか……。あたしが頑張るんだ……。
スゥーと、全身を纏っていた迷いが、みるみる消えていく。
……あたしも、戦うんだ。
「言うことを聞けーーー!!」
出せる限りの声量と、この思いで頭の中を埋め尽くす。守ってもらうんじゃない。あたしが考えて、動いて、自分でつくもがみをコントロールするんだ。
「目の前の敵を、弾き飛ばせ!」
指示を出し終えたときには、まるで猟銃が発砲したような音と衝撃が、耳を強烈に刺激していた。びっくりして思わず閉じた瞼を、恐る恐る開けてみると、ライターのつくもがみは既に瓦礫の山に吹き飛ばされていた。
シャアァァァァ!!
土煙が舞う視界の中、鳴き声を奏で、真っ赤に揺れるそれは、間違いなく今までとは違って見えた。
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