第7話 カッコつけたけど
念の為正門まで相澤さんを送った。さすがに家まで付いて行くのは気が引けたし、キャンパス内で発生したつくもがみが、外へ出ていく例は今まで無い。
でもほんとにそうか?相澤さんの話を聞く限り、実習場でもマフラーが動いていた形跡があったみたいだ。家で寝ている相澤さんに窓を割って襲いかかることはないだろうか。
部室に戻った俺は、奥のソファーで正座し、黙って窓から空を眺めているユヅに聞いてみた。
「キャンパスの外へ出れば私が分かる。だから大丈夫だよ」
ユヅは首だけこっちを向け、そう言った。今までは発生したつくもがみは見つけ次第すぐ倒していたから、今回のように一週間の猶予があると、だいぶ勝手が違う。まあ、俺が言い出したことなんだが……。
「夜の間も気が抜けないな。協力してもらって悪いな、ユヅ」
「甲斐君の決めたことなら、私は従うよ」
再度感謝の気持ちを伝えた俺は、もう一つの疑問を投げかける。
「さっき言ってたこと……見える人なら、持ってるだけで変化するって……まじなん? それなら、俺の持ち物も突然こいつみたいになる可能性あるってこと?」
まるで普通の傘みたいに、ソファーに横たわるそれを指差す。それに俺だけじゃなくユヅも対象者だろう。これ以上つくもがみが増えるのはご勘弁願いたい。
「あーあれは適当なことを言いました」
今度は体も俺の方へ向け、目をまっすぐ見て、誠実さを微塵も漏らさず言葉を吐く。こいつの人間性……底が見えない。
「て、適当!? なんでそんな」
「正確に言うと無いとは言えないけど、今までそんなこと無かったでしょ。本人の手から離れないと、つくもがみになることは無いんじゃないかな」
無い無いやかましい。なんでそんな嘘をついたのか、再度聞き返す。
「あのマフラーが、自分の持ち物じゃないかもしれないじゃない」
……なるほどね。あのマフラーが誰か他人の物なら、従来の法則で説明が付く。しかしまた疑問が出てくる。
「意外だな。ユヅが、気を遣ったのか?」
善悪関係なく、思ったことを言うタイプだと思ってたけど、あの場面で、(そのマフラー、あなたのじゃないんじゃない?)と伝えるのを躊躇するのはいかにも普通の感覚だ。
「……甲斐君だって、」
あ、言うのか、こいつは。言いづらいことを。若干口元が笑っている。基本無表情だけど、1年も一緒にいると些細な変化が分かるようになる。
「……カッコつけてたよね。なんで? 後輩の女の子の前だと、どうしてカッコつけるの?」
純粋に聞いているのか、煽っているのか、とりあえず平静を装い、質問に答える。
「話は戻るけど、相澤さんがあのマフラーを盗んだものとは思えない。何か他に原因があると思うよ」
「俺は、あの子と自分を重ねているのかもしれない。どうにかしてあげたいと思うのは、自然なことだろ?」
カッコつけてたのは事実なので、上手く触れないように答える。
「あたしは何も盗んだまでは言ってないよ。」
それもそうか。変な思い込み、バイアスが掛かってたかもな。
「それに、カッコつける甲斐君、すごい頼もしかったよ。だから私も、真似したんだから」
嘘を言ったのは、ユヅなりのカッコつけだったのか。やっぱりこいつ……底が見えない。
「そういえば、あの件はまだ手詰まり?」
あの件とは、1週間前からユヅが聞こえているつくもがみの声の行方である。ここまで発見に手こずるのは今までに無かった。よっぽど変なところに隠れているのだろうか。
「微かに声が聞こえたと思えば、すぐに途切れて……中々掴めないの」
ちょっとだけ悔しそうだ。俺は少し意地悪をしてみる。
「おやおや〜悔しそうだね〜。天才使役者が、こんなに手こずるなんて〜どうしちゃったんですか〜」
さっきのささやかな仕返しである。我ながらダサいことこの上ない。正直悔しそうな表情も一瞬だったので、俺の思い込みかもしれない。
「違うよ甲斐君」
ユヅはゆっくりと立ち上がって、再度窓の外を見上げる。
「悔しいのは、今日も太陽が沈む瞬間を見れなかったからだよ」
あぁ……もうすっかり暗くなっちゃったもんね。それでさっきまで空を見てたのか。ごめんな、話しかけちゃって。
「じゃあお疲れー。土日はしっかり休めよ!」
俺は、何事もなかったかのように、すっかり大人しくなった傘を鷲掴みし、部室を出た。
帰り道、ここまで静かだったバカ傘が、突然動いて俺の手を振りほどき、
「なあ優太」
俺に呼び掛ける。
「あんまり感情移入しすぎるなよ。1週間待つってのは俺も同調したが、期限が来たら機械的にやれよ」
心配してくれているのだろう。俺は特に言い返すこともなく黙って聞く。
「迷ったら死ぬ。それだけは忘れるなよ」
「あぁ、分かってるよ」
ふと、頭の中にらしくない言葉が浮かぶ。俺は言おうか迷ったが、今日はそういう日だと割り切った。
「バカ傘、もし戦闘になったら、あの子を守ってくれよ」
バカ傘は少し速歩きになり、振り返ることなく(とりあえず目が付いている方が前だろう。)、まるで横にいる他人に話しかけるように、
「俺が守るのは優太だけだ。あいつは、お前が勝手にどうにかしろや」
そう吐き捨てた。
夜風が強くなった気がする。俺は聞こえなかったふりをした。
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