第3話 つくもがみって何なの?
説明会は一切集中できなかった。履修登録? とかなんとか言ってたのは分かるけど、肝心の内容が理解できてない……後で資料見返そう。
「ほんとに……つくも?がみとかなのかな……」
さっきの出来事を何度も思い出す。つくもがみって確か……物に魂が宿ることだっけ……正直あまり知らない。
「家……帰ろう」
早速今日、歓迎会が行われるサークルもあるみたいだけど、なんだかどっと疲れたので帰ることにした。まああんなに走ったしね。引っ越してきて1週間も経ってないから、大学からの道は手探りだ。地図アプリと風景を交互に見ながら進んでいく。
「あ、もう着いた。意外と近い」
歩いて10分もかからなかった。いい部屋見つけたなと我ながら思う。2階建てアパートの2階、歩くと若干、カンカンと音がする階段を登ってすぐの部屋、ここがあたしの城だ。
「ただいまぁ」
誰もいないのは分かってるけどつい言ってしまう。ヒールを脱ぐと、そのままベッドに倒れ込んでしまった。
「……そういえば、なんか貰ったな」
甲斐さんとか言ったっけ?あの人から貰ったビラを、鞄から雑に取り出してみる。
「『あなたの落とし物〜探します~AOSヘお越しください。』」
AOSって名前のサークルみたいだ。落とし物探してくれるサークルってなんか随分限定的だなと思った。色々あるんだなぁ、サークルって。
「マジシャンサークルじゃないんだ……」
そんなこと言ってるけど、もうあたしはあれをマジックだとは思っていない。物体がすり抜けるマジックはさすがに無いでしょ。
「はぁ……」
あまりの出来事にあ然としてる傍ら、正直興味が湧いていることは否定できない。こんな超常現象体験するの初めてだし!
「でも……別に落とし物とかないしな……」
歓迎会をやってる様子は、そのビラからは感じ取れなかった。なんにも用事がないのにお邪魔できるほど、あたしはコミュ力はない。
「そもそも、一人で歓迎会とか行くの……無理すぎ……」
友達どころかまだ誰とも話していない(あいつら以外)。心に不安が押し寄せてくる。
「超常現象より……友達作らないと……」
今日のことは忘れたほうがいい、直感がそう告げている気がした。
入学式から1週間経った今日、あたしはキャンパス内を練り歩いていた。もちろんただ放浪しているわけではない。講義の課題で、キャンパス内の木々や花々を調べてこいというものだ。キャンパスマップを片手に、どこにどんな植物があるかを記していく。一人でやるのはちょっと面倒だなと思う。友達がいれば……ね……
この課題をやっているであろう、他の学生もちらほら見かける。一人でやっているのがなんだか気まずく感じる。そう思ったあたしは、キャンパス東側の体育館、その裏手を見てみようと考えた。
そこへ行くと、何やら古い倉庫?が鎮座している。2〜3階建てほどの高さがある、比較的大きい倉庫だ。
上の方に壁のトタンが剥がれかかっている箇所があって、まるで廃墟のような雰囲気を感じる。まあでも、おかげで周囲に人もいなさそうだし、落ち着いてやれそう。
「あ」
ガサガサ草木を掻き分ける音がしたので、猫でもいるのかなと思ったら、人間だった。そしてその人をあたしの知っている。
「何してるんですか? 甲斐さん」
「うお! びっくりしたぁ。あ、こないだの……」
甲斐さんはちょっと気まずそうな顔をした。そりゃね、あんだけ追いかけ回したもんね。
「渡した紙見たろ? 落とし物探しだよ。それより相澤さんは……分かったぞ、山ちゃんの課題だな」
山田教授のことだろうか。確かにこの課題は、その教員の講義で言われたものだ。
「君も農学部だったんだ。俺もそれ去年やったぞ、めっちゃだるいよな」
「はい、友達もいないんで……。一人でやんなきゃいけなくて……」
言ってて自分で悲しくなる。
「てか、あたしのことはいいんですよ。落とし物って、こんなとこまで探すんですか?」
着ている紺色のブルゾン? が泥だらけになるまで、何を探しているのだろうか。
「……知りたいか?」
なんか意味深な言い方をする。
「落とし物ってのはさ、もとは持ち主がいたわけだろ?」
「え、あぁまあ……そうですね……」
「持ち主は、無くしたそれを強く強く想う。そういうのが、つくもがみを産むんだ」
あれ? 何の話だ? てかつくもがみって言った?
「物が100年経ると精霊が宿ってつくもがみとなるなんてとも言うけど……数年でもつくもがみになっちゃうこともあるんだよ」
「ちょ、ちょっとまってください! 何の話だか、さっぱりなんですけど……」
甲斐さんは申し訳無さそうな顔をした。
「あ、ごめんごめん!」
「相澤さんも……見える人だから、つい話したくなっちまうのよ」
ただが落とし物がそんなわけ……と思った。でも、無くしてからのほうが、それを強く想うっていうのはよく分かる。物でも、人でも、そうやって失ってから大切さに気づく……。
「よ、よくわかんないですけど、つまりつくもがみになる前に、落とし物を探してあげるんですね」
甲斐さんはちょっと嬉しそうな顔をした。
「おぉ! 理解してるじゃん! そういうことよ! つくもがみになると、持ち主目指して暴れ回るから大変なんだよ」
さらっと怖いこと言ってる。落とし物するだけでそんなことになるのか。
「ちなみにこの大学はつくもがみが発生しやすい。まあ月一ぐらいだけどね」
なんやかんや話を聞いてしまっている。これ全部嘘だったらどうしよう。
「相澤さん、一回でいいからさ、部室来てくれよ。もう一人部員がいるんだ。そいつから色々……」
「あいや、それはちょっと……」
なんか面倒事に巻き込まれそうな気がした。正直つくもがみやらは興味あるけど、落とし物探しはしたくない。
「あの傘のつくもがみもいるしさ。ほら、今は大人しく普通の傘の見た目だよ」
そう言って甲斐さんは、ボロい倉庫に立て掛けている傘を指差す。黄色い普通の傘にしか見えないが、ほんとにあのときの化物なのだろうか。
というか、あれとはもう会いたくないよ。もっと行く気失せたわ。思い出すだけで鳥肌が立つ。つくもがみと言うなら、あれは人を襲わないんだろうか。
「じゃあ私……課題あるんで」
あたしはその場を離れようと、身を翻した。落とし物探しサークルは入りたくない。早く他のサークルの歓迎会行かなきゃと、強く思った。
その時だった。ベリベリと、あまり心地よくない音がする。何だろう……。
「危ない!」
甲斐さんの声に体がびくっと硬直する。目線だけは動いたので、何となしに上を見る。するとあの剥がれかかっていたトタンが、ちょうどあたし目掛けて落下してきた。嘘……これって……やばいかも……。
「いやー!」
頭を両手で覆い、うずくまり、少しでもましな結果になろうとあたしは願った。
でもどうやら、トタンがあたしに直撃することは無かった。恐る恐る目を開けてみると、
「だ、大丈夫?」
「おいくそが。寝てたのに起こしやがって」
2人分の声がする。そして大きく開いた黄色い傘が、あたしをトタンから守ってくれていたことに気づいた。
それはどう考えても普通の傘の大きさではなかった。20人は雨露を防げそうな大きさである。傘の柄を持っている甲斐さんは、重くないのだろうか。
「あ、ありがとう……ございます」
守ってくれた感謝と、目の前の光景の衝撃さが入り混じって、変な気持ちになる。
「何だぁ、お前、こないだの女じゃねーか。俺のこと、これで信じる気になっただろ?」
広がった傘の内側にギロリと目玉が浮かび上がってきた。あーキモイきもすぎる。そんな気持ちを押し殺して、今はとにかく感謝はしとこうと思った。
「あ、ありがとう……。うぅキモイ……」
「あ! こいつ今小声でなんか言ったぞ! せっかく助けてやったのに!」
駄目だった。心の声がどうしても漏れてしまう。
傘は再び元の大きさに戻り、甲斐さんは落っこちたトタンを見て呆れたように溜息をついた。
「元々あの部分のトタン、危うい感じだったけど、落ちてくるまで劣化してたなんてな」
「なんか……俺達会うたびに災難な目にあってる気が」
その通りである。
あたしは地面についた膝をしばらく上げられず、自分の大学デビューが躓きっぱなしの現状を憂いた。
「ほんとに……想像と違うなぁ……」
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