第6話 連載版・チケットの本領


「ルンっ!」


『逃げんな、おまえーっ!!』


 開幕ベルの後、サイで跳んだ先にいたプレイヤーを見て、即座に正志はチケットを使った。

 風貌で分かる悔しさよ。目の前に現れた男性は鉄の軽鎧を身に付け、どす黒い染みが衣服に付着していた。酷く生臭い匂いが立ち上る染みが。


 .....あんたもか。


 すでに誰かを殺している者に期待するほど正志はおめでたくはない。

 

 ゲームが始まって十日。彼は、かなり宿無れていた。


 狂暴なプレイヤーをかわし、別の空間に跳んだ正志は、条件反射のように辺りを見渡す。

 すると少し離れた処に何かがあり、その前に横たわる人間を見て、一瞬、警戒を強めた。しかし、しばらく観察していても、その誰かは微塵も動かない


 .....? 寝てるのか?


 そろりそろりと近寄り、相手を確認した途端、正志は両手で口を押さえる。

 立ち竦んだまま顔面蒼白な彼の足元で動かない人間。その頭は首から上がない。

 .....つまりは死んでいる。

 まるで溶かされたかのように綺麗な切り口。比較的状態の良い死体だが、そんなことは救いにもならず、正志は盛大な嘔吐きを覚えて草むらに駆け込んだ。


「がは.....っ! .....ぅぇ、えっ!」


 胃袋が裏返るほど激しく吐き戻し、彼は涙眼である。


 なんで死体なんか転がってんだよっ!! 死んだ人間は消えるんじゃないのかっ?!


 今まで見てきた他の空間の修羅場。


 血みどろで戦い、決着がついた瞬間、敗者の姿は霧散した。

 あとに残るのは、敗者の持っていたアイテムとゲームポイント。ちなみにポイントはメダルの形で残される。

 満足げな顔で拾うプレイヤーを横目に、正志はゲームの仕組みを何となく理解した。


 なるほどね。長々と放っておいたら腐乱するし。転移か物理的な消滅かは分からないけど、ああして死体を処理するんだな。


 そのように思っていた死体が、目の前あった。まさかこの状態で生きているわけはあるまい。

 ここ十日で正志が学習したのは、例のチケットで転移する先の空間が安全なこと。

 確実ではない。しかし今のところ、どこの空間に飛ばされても安全であり、なおかつ、某かのアイテムが拾える場所に彼は転移していた。

 だから、ここでも何か拾えるんじゃないかと辺りを見渡したのだが..... まさかの死体発見である。

 そして死体にばかり目がいき、正志は近くにある宝箱を見落としていた。

 死体の手がかかった小さな箱。その蓋は開いており、中に細いノズルと数個の宝石が見える。

 それを確認して、正志はハッと死体を二度見した。


 .....トラップにかかったのか。


 強烈な酸か、未知なる何かか。


 たぶん、蓋を開けると発動するトラップだったのだろう。

 しばし呆然とした正志は、くしゃりと顔を歪め、首なし死体に手を合わせた。

 誰にも殺されていない死体。アイテムやポイントを受け取る者がいなくば、きっと、このような無惨な姿をさらすはめになるのかもしれない。

 チケットが自分をここに転移させた理由が、すでにトラップが発動し無害だったからなのだとすると、笑えない正志。

 このチケット様はゲーム状況を理解して、自らの判断で安全な空間を選んでいることになる。


 .....怖。考えないでおこう。


 それでもポイントにはなると、正志は宝箱の宝石を手に取った。

 そして悔しげに眉を寄せて、近くに穴を掘るため、カタログからシャベルを購入する。

 切り取られた高原のような空間。草むらな土も比較的柔らかく、正志はガスガスとシャベルを突き刺した。


「死体と一晩中ランデブーなんて、御免こうむるわ.....」


 そんな悪態をつきながら彼は穴を掘り、そっと死体を横たわらせて埋める。そして、供えられそうな花やお菓子をカタログから探した。

 以前、一覧した時に見かけた気がするからだ。


 あると思って探したけど、その種類の豊富さに思わず絶句する少年。

 

 .....あったよ、フラワーポットやブリザードフラワー、他もろもろ。こんなゲームに必要かよ、これ。


 呆れたように眼をすがめる正志。だが、これを求めていた自分がいるのだ。

 他にも、殺してしまった被害者を悼む、似たような誰かがいるのかもしれないと、特に疑問も持たずそれらを購入し、彼は死体を埋めた穴に供えた。


「自己満足だけどさ。.....宝石、横取りしちゃったし、埋め合わせな」


 再び少年がパンっと両手を合わせると、埋めた土の隙間から光が射し、ぱあっと輝いて霧散する。

 この霧散した光にも正志は見覚えがあった。


 .....敗者が消えるときの。


 ぼうっと空に消えた光をながめながら、彼は恐る恐る光の射した処を見る。

 案の定、そこには幾つかのアイテムとメダルが転がり、代わりと言わんばかりに、供えていたブリザードフラワーが消えていた。

 掘り返した土も失せ、元の平原が復元されている。土が剥き出しだったはずの場所は、どこにもない。


 .....どういうことだ? 弔われたせいかな?


 膝をついたまま、唖然とする正志。

 彼は残されたアイテムやメダルのゲームポイントを持っていくかどうか迷ったが、花が消えているのだし、もらっても良いのだろうと、拾って石板に売り払う。

 ついでに、先ほど手に入れた宝石も。


『合計、十三万七千ゲームポイント加算』


 ちーんっと石板がたてる音に、毎度苦笑する正志。


 運が良いのか悪いのか。今回は死体という要らぬオプションがあって驚いたが、チケットで跳んだ先には、必ず何か換金出来るモノがあるのだ。

 今回のように宝箱であったり、岩に突き刺さった槍だったり。中には木に実った果実の場合もある。

 

 あの果実は美味かったよな。見たことない果物だったけど。


 そして幾つか頬張り、満足した正志は残りの果実を石板に売り払った。

 総額、二十万ゲームポイント。

 思わず点眼になった彼が、しばらく放心していたのは言うまでもない。


「これは、パターンに入ったな」


 誰かが用意した勝ち筋。故意か偶然かは分からないが、使用法の説明がなかったことを考えると故意だろう。胡散臭くはあるが、ありがたい。

 

 そんな感じで、数万、あるいは数十万を常に手に入れていた正志は、『ルン』のチケットを複数所持していた。

 これは使うとポイントを引かれるため、ゲームポイントがあれば幾らでも所持可能。

 どうやら勝ち筋にのった少年のゲームモードはイージーを通り越してチュートリアルにまで下がったようだった。

 思わぬ穴掘りまでしてしまい、空腹を覚えた彼は、少し贅沢して出来立て弁当という物を購入する。ゲームポイント三千と割高だが、今の正志の懐には数百万ポイントが唸るようにあった。

 それでも、普段はあまり贅沢をしない正志。

 だが、今日は死体のショックで背筋が寒い。どうしても暖かいご飯が食べたかったのである。


「いただきます」


 両手を合わせて弁当の蓋を開ける少年。


 そして彼は、どこからか視線を感じ、箸を止めた。


 何気に、ふと顔を上げた正志は見つける。斜め上から自分を凝視する誰かを。

 空間を覆う透明な膜に張り付き、涎を垂らさんばかりな顔で、こちらを切なげに見つめる男性。

 結構、立派な装備や武器をつけているが、それにポイントを注ぎ込んでしまい、食に回す分が足りなくなったのだろうと見て取れた。

 ふはっと小さく笑い、正志は何度もチケットを使ううちに気づいた別の効用を行使する。


「.....自分から右上四十五度、距離十メートルほどへ。『ルン』!」


 そう。大まかな場所を設定して、『ルン』と唱えると、その場所が安全な場合に限り、チケットは正志の望む場所へ跳ばしてくれる。

 このチケットは、ゲームポイントがある限り何枚でも使え、さらには大まかな座標を設定すると、そこが安全であれば発動する、起死回生の一手どころが、超便利アイテムだったのだ。


 上から見つめていた男性は、突然消えた正志に眼を見開き、次の瞬間、肩を叩かれて飛び上がった。


「あ~ can you speak Japanese? or English?」


 いきなり現れた正志を鋭く睨み付け、大柄な白人男性は脇に挟んでいた槍を構える。

 ぎらりと正志を見据える警戒心全開な瞳。


 .....駄目か。


「OK OK you eat please」


 通じないようだが片言の英語で話しかけ、正志はそっと弁当を男性の前に置くと、相手を脅かさないよう、ゆっくり離れた。


 どのくらい食べていなかったのか。男性は顎が揺れるほど大きく生唾を呑み込み、遠ざかった正志を警戒しつつも、置かれた弁当に手を伸ばした。

 そして一口食べて絶句し、しばし咀嚼した途端、手掴みでかっ込むように弁当を貪り食う。

 半べそで食べる男性は警戒心も槍も放り出して、ひたすら口にご飯を詰め込んでいた。淡く伸びた無精髭に引っ掛かる米粒。


 それを何とも言えない眼差しで見つめる少年のことなど、すっかり忘れて。


 置かれた弁当を綺麗に平らげ、人心地ついた男性は、はっと周りを見渡す。

 槍まで手放して、放心していたのだと気付き顔面蒼白。いつ相手に殺されてもおかしくない油断っぷりだった。

 だが、大して広くもない岩場の空間に正志の姿はなく、訝しんだ男性がウロウロすると、石板の辺りに何かが置かれているのに気づいた。

 そこにあるのは多くの食料と水。サプリやスポーツ飲料も置かれ、御丁寧なことにザックまで用意してある。


 愕然と顔を凍らせた男性は、ヘナヘナと頽れた。


 .....神か?


 くしゃりと顔を歪め、しゃくり上げるように嗚咽を溢す男性。

 彼には何が起きたか分からない。いや、実際には理解しているが、信じられないのだ。


 斜め下の空間で食事をする少年。もう、三日も食べておらず、水すらなく、意識の朦朧とした男性は、食い入るように彼を見つめてしまった。

 少年がこちらを見上げているのにも気づかず、男性の視界は彼の持つ食べ物に固定されている。

 そんな少年が突然消え、気づけば自分の空間におり、驚きのあまり言葉を失った。

 だが、ここはデス・ゲーム。油断してはならないと思ったものの、目の前に食べ物を置かれ、それを口にした途端、言葉だけでなく我をも失う。

 程よい甘辛さの野菜や根菜。魚の切り身も良い塩梅のしょっぱさで、久しく口にしていなかった動物性の脂が臓腑に染みる。

 白い白米も甘く解れ、口内調味のオカズとベストマッチ。溢れる涙と鼻水で呼吸困難になりつつも、男性は夢中になって食べ続けた。


 .....そして我に返った時、少年は消えており、残されていたのは大量の食糧。

 この意味が分からないわけがない。


『救われた..... おおぉぉぉ!』


 恥も外聞もなく号泣する男性。


 それを少し離れた位置から眺め、安堵に胸を撫で下ろす正志。


「偽善だけどさ。食い物に綺麗も汚いもないよな.....」


 男性と少年の細やかな交流を見守っていた地球世界。

 空間を自由に転移する正志に、世界は驚愕の眼を向ける。


『どういうことだ? バグかっ?』


『何か不正をしているのでは? 日本に問い合わせをっ!』


『違う、彼は不正などしていない。これは日本の配信だが、ほら、何か紙を購入しているぞ?』


 こうして世界の注目を浴びる正志。


 日本側の説明で彼の掴んだ勝ち筋の存在を知り、世界中が唖然としたのも御愛嬌。

 

 何とか他のプレイヤーにも知らせられないかと、大騒ぎする世界の混乱も知らず、正志は今日も異空間を飛び回る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る