第7話 連載版・それでも朝は訪れる
『何とかしてプレイヤー達に伝える術はないのかっ!!』
だんっと両の拳で机を叩く恰幅の良い男性。金髪を綺麗に撫で付けている彼の頭から、はらりと髪が零れ落ちる。
その鬼気迫る様子を一瞥しつつ、他の人々もネット画面の中で苦渋を浮かべた。
『.....出来るものなら、とうにやっています。こうして攻略法が発見されただけでも奇跡なのです』
『だが、あの日本人の少年は、何人かのプレイヤーと接しているはずだ。なぜ教えず秘匿する?』
『日本側の説明によると、秘匿しているわけではないようです。何度か対話を試みたものの、彼は僅かな英会話しか出来ず、さらには出逢って数秒で襲われるため、対話を諦めたとか』
淡々とされる説明に苦虫を噛み潰し、ネットで対談する人々は力なく項垂れた。
『馬鹿な若者どもが..... 侵略者らの戯れ言に躍らされおって』
『こちらと断絶されている以上、彼等が情報を得る術はないですからね』
『しかもゲームポイントを得ずにいたら、渇きや飢えで死んでしまう。善人をも盗賊に変える、おぞましいゲームだ』
もし、プレイヤー側が地球側の情報を得たとしても選択肢はない。
奪わねば飢えて死ぬのだ。どちらにしても、結果は同じだっただろう。
『.....なら、なぜ、あの日本人の少年はチケットに気づき、その効果を知れたのだ?』
懊悩煩悶する首脳陣ら。それに答える声が聞こえた。
『私も日本側の配信を最初から見てきましたが..... どうやら彼は、端から戦う気がなかったようで。逃げなきゃ、逃げなきゃと色々やっておりました』
は? と眼を見張る首脳陣達。それに失笑を漏らし、誰かは説明を続ける。
『チケットを手に入れたのも完全な偶然みたいです。カタログを隅から隅まで確認し、最終ページに記載されたチケットに気づいて、かなり悩みつつ購入しておりました』
.....あの膨大なカタログを全ページ読破したと?
例のチケットの件とは別な意味で驚く人々。
カタログのページは終わりが見えないくらい多かった。他のプレイヤーらの行動を見てきた彼等は、何百ページにわたるかも分からないカタログの多さに辟易させられたものだ。
『まあ、そこが分岐点やったやもしれません。あのカタログを読破したからこそ、少年は光明を掴んだのでしょう』
意気消沈し、黙り込む人々。
自分らがあの場にいたとしても、きっと最後まで読みはしない。
必要な物を手に入れたら、さくっと閉じてしまっただろう。普通にそうしたプレイヤー達を非難は出来ない。
しかも日本人の少年は、今、思わぬ行動に出てくれていた。言葉が駄目なら行動でと。
首脳陣の見守る日本側配信。そこには正志と、別の国のプレイヤーが相対していた。
「あ~ can you speak Japanese? or English?」
馬鹿の一つ覚えのように繰り返す正志。
「nein」
お? どこの言葉か分からないが英語が通じるようだ。
すらりとした体躯の大柄な男性。その彼の手にはハルバートと呼ばれる柄の長い武器が握られている。
やや切れ長な眼の精悍な男性だった。黒いコートもあいまり、まるで死神のような冷徹な雰囲気に、正志は少し怖じ気づく。
『まだ子供じゃないか。私も英語は得意でない。持ち物を置いていくなら、見逃してやっても良い』
武器を片手にジェスチャー試みる男性。身振り手振りで、正志に荷物を下ろすよう彼は指示する。それは正志にも伝わった。
正志は素直にザックを下ろし、そっと距離を取る。
それをじっと睨み、男性はザックを拾い上げた。中には食糧や水。そして刃渡りのあるサバイバルナイフ。
ザックの蓋を被せるように紐で括られた綿毛布に、男性は思わず苦笑する。
『質実な備えだ。俺もザックはあるから、水と食糧だけもらうな』
ガサゴソと中身を抜き取り、彼は正志のザックを投げて返す。
『妙なことはするなよ? 何もなければ、明日の朝、消えてやるから』
距離を取ったまま、どかっと座り込む白人男性を見て、正志は期待に胸を膨らませた。
この落ち着いた雰囲気。今度こそ、話の分かる相手ではなかろうか?
「えと..... かむっ」
必死に手招きする正志。石板を指差す少年を訝り、白人男性はハルバートを構えながら近寄ってきた。
色気すら感じるほど優美な動き。半端ない慣れてる感を見て、思わず正志は見惚れる。
.....えらく様になってんなぁ。かぁっこいぃぃー。
それでも一定の距離を保つ男性が石板を覗き込んだのを見て、正志は最終ページにあるチケットを指差し、購入してみせた。
『チケット?』
「yes、これを。右三十度、距離七メートルあたりに.....『ルン』!」
チケットの名を叫んだ瞬間、正志の姿が消えた。驚き、狼狽える白人男性。
その背後から、正志は大声で叫んだ。
「warp with tickets! OKっ?」
呆気に取られたまま、石板と正志を何度も凝視し、男性は不可思議な顔をする。
あとは一万ポイント必要だって伝えなきゃなんだけど..... 英語で一万って、どう言うんだっけ?
慌てて正志は石板のカタログからスケッチブックとマジックを買い、黒々とした文字を書きなぐった。
正志がかかげるスケブに気づき、白人男性はやや首を捻る。
そこには、『needs 10000point』の文字。
『一万必要? でもカタログには0と.....? ん?』
やけに首を傾げる白人男性。それを見て正志は不安になった。言葉は通じているみたいだが、何かが通じていない。
再び男性のいる空間に戻った正志は、彼の言葉は分からねど、その伝えたいことを理解した。
0ポイントのチケットなのに、なぜ一万必要と言われるかが分からないようだ。
ゲームポイントの合計から一万引かれるのだとの説明は正志のなんちゃって英会話では荷が重い。
う~ん、と頭を傾げつつ、正志ははっと閃いた。
「ここっ、ここ見て?」
カタログを開いて正志が指差したのはゲームポイントの一万の位。この石板は個人を判別しており、正志が触れれば正志のを。男性が触れれば、男性の所持ポイントを表示する。
チケットを使うことで、そこの金額が減っていくのを見せれば、きっと理解してもらえるだろう。
論より証拠だ。
少年が必死に指差す石板を驚愕の面持ちで見つめる男性。
彼が金額を確認したのを見て、再び跳ぼうとした正志は、ひゅっと背筋の凍る悪寒を感じ、思わず盛大に首を竦めた。
.....例えるなら本能の警鐘。
すぐにしゃがめと、ナニかが張り裂けんばかりに絶叫する。
無意識に竦められた正志の頭の登頂部を、鋭く一閃する何か。
それは的確に少年の頭を狙い、振り切られたハルバートだった。
かすめた刃が正志の髪を削り、ハラハラとスローモーションのように舞い落ちる。
首を引っ込めておらずば、少年の頭は真一文字に切り裂かれていただろう。
「.....なんで?」
凍えた眼差しで振り返った正志を獰猛に睨み付け、白人男性は不均等に口角を歪めた。
『.....ずいぶんとポイントを持っているじゃないか。小綺麗な身なりだから騙されたよ。どれだけ殺ってきたんだ? あ?』
再び振りかぶられるハルバート。正志は、向けられた本物の殺意に、怯え固まり動けない。飛び出しそうなほど見開かれた眼に涙が盛り上がり、すがるように力なく首を振っていた。
「.....なんでぇぇ?」
通じないと理解しつつも、尋ねずにおれない正志。か弱げな少年の姿に躊躇いを見せ、それでも瞳孔が狭まり、妖しげな光を眼に一閃させる白人男性。
忌々しげに奥歯を噛み締めながら、彼は何かを振り切るように吐き捨てた。
『それだけポイントがあれば、このゲームも楽勝だ。俺が生き残れる』
ふっという気合いと共に、正志の胴を狙って放たれる凶刃。
「なんでだよっ! ちくしょおぉぉぉっっ!!」
『ルン』っ!!
チケットを所持さえしていれば心で唱えても転移は発動する。
それを知らなかった白人男性は、いきなり消えた正志を見失い、途方に暮れた。
「今度こそ..... イケると思ったのに」
擬似的天候の太陽が沈み、夕闇が辺りを満たすころ。
正志は毛布にくるまり、泣いていた。
どう足掻いても上手くいかない他プレイヤーとの交流に絶望し、泣いていた。
それを画面越しに見ていた各国の首脳陣達。
『.....こんな感じのようです。彼は努力していますよ』
それに頷き、憤懣やるかたない顔を抑えきれず、誰かが椅子を蹴飛ばすように立ち上がった。
『あれは我が国の者だっ!! 少年には、謝罪の言葉もないっ! 申し訳なさすぎるっ!!』
『.....どこもですよ。ゲームマスターに躍らされて、誰もが悲壮感に酔い、被害者ぶって、ことを正当化してるのです』
あのゲーム回廊に拉致された者は、誰もが等しく被害者だというのに。
何とも度しがたい光景を見て、割れるような頭痛に見舞われ、言葉も紡げない首脳陣達。
けれど、彼等は知らない。
「だからさぁ、チケットだよ、チケット! んでもって『ルン』って..... わっかんないかなぁ?」
『ルー?』
にこやかに笑う褐色の肌の少年と正志。この少年も飢えて動けなくなっていたところを正志に救われた。
ザック一杯の食糧や水を買ってやり、正志は彼に持たせる。
「とりあえず、このチケットは持っておけ。で、困ったら、ルンっていうんだ。.....ポイントないと使えないけど。保険だと思ってな」
『ありがとう、まっしー』
旅は道連れ世は情け。
喉元過ぎればな正志は、一晩眠って復活する。
人生、七転び八起き。転んでナンボだと正志は思う。
命がかかってるんだ。落ち込んでる暇なんかないや。
呆気に取られる各国から眺められているとも知らず、今日も異空間を飛び回る正志である。
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