第4話 連載版・ゲームの思惑


「こんなところに閉じ込めて、ゲームマスターって奴は何がしたいんだ?」


 焦燥に煽られつつ呟く正史。


 それを見ながら、未だに凍りついて微動だにしない地球世界の人々は、静にゲームマスターの話を聞いていた。


 彼が言うには、地球を焼き尽くして侵略するのは容易い。だが、そんな作業ばかりでは飽きるし、ゲームマスターは趣味で世界を構築している。

 件のゲーム空間もその一つだ。地球も人類を焼き払ったら新しい世界を作りたい。そこに少しは人間を残してやっても良い。


 そんな感じで淡々と宣うゲームマスター。


《だけど多くはいらないんだよね。見たところ、文明は低いし汚いモノを量産してるし。民心然り..... ね?》


 言われた意味に覚り、周囲の人々の辛辣な眼差しが正史を穴へと突き落とした男達に向けられる。

 薄汚い利己的な判断で子供を餌食とした男性ら。


《安心しなよ、日本人は、かなり迷っていたし、他の国と比べたらマシな方だったから。でもまあ、真っ当なのもいたし? ほんの一握りだったけど? だからさ、少しチャンスをあげようと思って。本来、身一つで始めるはずのゲームだけど、ちょいと融通してあげるよ》

 

 今度は衛に視線を振る人々。彼の正義感が、ゲームマスターから情状酌量の余地をもぎ取ったようである。


《ゲームの期間は一ヶ月。その最終日まで生き残った若者の国は焼き払わないでいてあげよう。万一だけど、半数以上生き残った場合、地球を見逃してあげるね》


 にんまりとほくそ笑んだのが分かるほど愉快そうな声。

 希望の蜘蛛の糸を突然垂らされて、一瞬、世界が歓喜で彩られる。だが、ほんの一瞬だった。


 女子高生が配信で流れている声に気づいたのだ。そこでもゲームマスターを名乗る誰かが正史達に話をしていた。


 その内容は、こちらと違う。ゲームを終わらせるには最後の一人が決まった時。それが決まるまでゲームは終わらないと説明している。


「なんでっ? 話が違うじゃんぅ!」


 騒然とする人々。


《違わないよ? どうやったらゲームが終わるのかと尋ねられたので、最後の一人が決まれば終わると伝えただけだ。一ヶ月の期限内でも、勝者が決まればゲームは終わるからね。.....聞かれない事を、あえて教えはしないけど?》


 彼の残忍な笑みが人類達の脳裡に浮かんだ。まるで魔王か神のごとく、遊戯が愉しみで仕方無いといった雰囲気を醸すゲームマスター。


「違うんだよ、正史っ? 騙されないでぇーっ!」


 少女が絶叫して見守る画面の中で、正史はゲームの真意を知らず、天上から振りかかる声を聞いていた。




「.....つまり、この空間には何百もの小さな空間が鏤められていて、サイコロの出目により、指定された空間へ飛ばされるという事ですか?」


 小首を傾げる正史。


 それに鷹揚な声で答えるゲームマスター。


 他にも多くの人々から質問が上がっているようだが、正史には分からない言葉だった。

 ただ、ゲームマスターの言語は全て共通のようで、その答えから質問の内容も推測出来る。


 ここは、ゲームマスターらが構築した無限回廊。ゲーム空間・アリス。

 ここから脱出するには、とにかく最後まで生き抜くこと。.....最後の一人が決まればゲームは終わる。


 それって、日本で流行ってた小説にあるデス・ゲームみたいじゃないか。ふざけんなっ!!


 一日一回振るように指示されたサイコロを握りしめて、正史は絶望に項垂れた。

 そのサイコロは八面体の不思議な形をしており、何で出来ているのか分からない。

 透き通る本体に刻まれたアラビア数字の文字。この二つを振って足した出目により何処かへと飛ばされる仕様だ。

 何処へ飛ばされるかは完全にランダム。正史は怯えた眼で、外に見える小さな空間を見た。

 そこに煮え滾る溶岩。中央に小さな岩が見えるが焼石に水だろう。あんな空間で一日を過ごせる訳がない。数分ももたずに蒸し焼きにされるのが関の山だ。

 溶岩の海に落ちれば間違いなく即死。


 .....最後まで生き残るため。早く解放されるため。起きる事態は目に見えている。


 殺し合いだ。


 ごくりと正史の喉が大きく鳴った。


 これが日本人らだけなら話し合いや交渉の余地もあるが、周りは何処の誰かも分からない異国人ばかり。

 なかには戦争中で、若くとも腕に覚えのある強者だっているだろう。それが無くとも、一般ぴーぽーで超文系高校生な正史に勝ち目はない。


 うわあぁぁぁっ! 詰んでんじゃん、これぇっ!!


 脳内でダラダラと冷や汗を流し、顔を強ばらせる正史。


 そんな彼を余所に、ゲームマスターは話を続ける。


《ゲームの仕様は話した通りだ。誰が勝者となるのか楽しみにしているよ》


 まるで双六のごとき仕様。


 ここでの生活の仕方は《石板》に聞けと言い残し、ゲームマスターの声は、すうっと天上に消えていった。


 石板?


 己の身に起きたことが未だに理解出来ない正史。その彼の後ろで何かが音をたてた。


 びくぅっと肩を揺らしながら振り返った正史の目に映ったのは、外国の墓地で見かける墓標のような石板。

 五十センチ四方で地面に埋め込まれた石板は、彼を誘うかのようにチカチカと瞬いている。


《明日よりゲームを開始します。私の説明は必要ですか?》


 無機質な機械音。


 知らぬよりは知っていた方が良いだろう。


 正史は恐る恐る石板に近づき、その説明を聞いた。


 いわく、この石板はアイテム交換のシステムらしい。

 サイコロで移動させられるゲーム空間にはあらゆる趣向が凝らされていて、目に見える即死トラップ以外にも陰湿な罠や、極限状態を引き出すカラクリなど盛り沢山。

 そういった悪趣味なモノもあれば、宝箱や自生する植物、動物などが存在する空間もある。当たり外れはかなり激しいようだった。


《得たアイテムを私に売れます。レートはゲームポイント。これを利用してアイテムを買うことも出来ます。武器装備や日々の食事など、色々ご利用ください》


 そう言うと石板が光り、その表面にカタログみたいな物品を記した画面が現れる。

 スマホ同様、指を滑らすことでスライド出来、次々と捲るページに正史は目眩を覚えた。

 最初の数ページは食べ物や飲み物、日用雑貨など無難な商品だったが、捲るにつれ現れたのは武器弾薬などの物騒なモノ。

 刃物は言うに及ばず、短銃、長銃、自動小銃や散弾銃まで。アサルトライフルやサブマシンガンなど、本や映画の中でしか見たことの無いようなモノまで並んでいた。


 なにこれ。殺る気満々なラインナップ過ぎるでしょ。


 うわぁ.....っと言葉を失い、凝視する正史に、石板は淡々と説明する。


《ゲームポイントはアイテムを売ることで得られます。あとは、プレイヤーを倒すことでも得られます》


「え?」


 彼の背筋に、ひやりとした物が滑り落ちた。

 石板はプレイヤーを《倒す》と言ったが、その倒すの定義は? 降参させる? 気絶するほど叩きのめす? .....それとも?


 情けないくらい怖じけた身体を奮い起たせ、正史は《倒した》と判断される状態を石板に尋ねた。

 こういう悪い予感は、往々にして外れる事はない。


《相手の生体機能が停止した状態です》


 はい、そうですよね。薄々、感じていました。うん。


 ガタガタと正史の身体が痙攣を始める。

 これだけ至れり尽くせりの状況だ。短絡的な者でなくとも考えるだろう。ポイントを得るために、相手を《倒(ころ)す》ことを。

 最後の一人になるまでゲームは終わらない。ならば、それをなるべく早く終わらせるため、容赦なく一線を越える者も出る。

 そうしたらカオスだ。血で血を洗うような惨劇が幕を上げるだろう。


 やっばぁぁっ、そんな事になったら、いの一番に殺られる自信あるわっ!!


 ゲームマスターはプレイヤーとなった人間に対して、特に制限を設けていない。指示されたのはただ一つ、毎日一度、サイコロを振ること。

 だが、このカタログを見れば一瞬で理解する。彼の思惑がプレイヤー同士の殺し合いなのだと。


 ガタガタ震えて泣きそうな顔の正史の姿を見て、配信をガン見していた日本の人々は雄叫びを上げた。


「違うの、正史ぃぃーっ!」


「「「違うんだ、騙されるなぁーっ!!」」」


 世界中で巻き起こる異口同音(同意)。このゲーム本来の趣旨を知らぬまま、プレイヤーとなった若者達のデス・ゲームが始まった。

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