第11話 追憶(1)
『御母上様は、踊りのお仕事のために出かけられたのですよ』
乳母だ。マティアスは乳母を見上げていた。
ジュスタインの屋敷にいた頃、マティアスは小さな離れに住んでいて、母と自分以外は乳母しかいなかった。料理人や召使い、教師は決まった日、決まった時間だけ家に来ていた。
『おしごとに』
マティアスが頷くと、乳母が頭を撫でた。ゆっくり、ゆっくりと撫でた。
母は旅芸人の一座にいた踊り子で、父の目に留まって愛人となった。マティアスの記憶では、母は家でもよく踊っていて、外でも踊りの仕事をしているのだと聞かされていた。
『左様にございます。しかし今回は、少し遠くまで行かれるそうで、しばらくお帰りになりません』
乳母はまたマティアスの頭をゆっくりと撫でた。優しく、慰めるように、何度も。
その日から家は妙に静かになった。時折母を訪ねて来ていた客は途絶え、教師や召使いが滞在する時間も短くなった。
その頃マティアスは多分、六歳だった。
縁戚のオディロンが月に一度遊びに来てくれた。それ以外に、友人と呼べる相手はいなかった。
『久しぶり! 今日はカードを持って来たんだ』
オディロンから、カードの模様を揃えるゲームを教えてもらった。子供用の木剣で仕合をした。オディロンが来る日は、マティアスにとって月に一度の一番の楽しみだった。
マティアスの幼少期は、小さな離れと、小さな庭と、少しの人間に囲まれていた。
母が死んだ。
旅先で病死したと聞かされた。
それはとても縁起の悪いことだから、長く臥せった末に神殿の療養所で亡くなったことにするのだと、父から厳しく言い聞かせられた。
『分かるな。我が家は伝統を重んじるガーランド一門なのだ。テオドラは感染る病であった故、お前と一緒に暮らせなかった。誰かに何か聞かれたら、そう答えるのだ。分かるな?』
マティアスは俯いて『はい』と答えた。
父の靴の爪先が見えた。葬儀の日だった。礼装として、騎士の制服を着て、金属の具足も身に着けていた。
おそらく、マティアスは七歳になっていた。
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