第12話 追憶(2)
「――そうだったのか」
いつものベッドで目が覚めた。
灰白色の石壁。ガーランド一門の紋章が刺繍されたタピストリー。従僕の指示で、若い召使いが窓を開けている。暖炉にはまだ赤い炭が残っている。
「おはようございます、マティアス様」
いつもと変わらない朝だった。
「……おはよう」
「お疲れですか? 夕べはだいぶお飲みになっていましたから」
マティアスが起き上がると、従僕が掛布を足元までまくって、寝台から降りるのに手を貸してくれる。足元に置かれた踏み台に両足を下ろし、着替えまでの間だけ使う布製の部屋履きに足を入れた。
寝台を離れ、衣裳部屋のドアの前まで移動する。分厚い絨毯の上で着替えだ。従僕が今日の服をすでに用意していて、寝間着の帯を解いて、シュミーズシャツを被り、ブレーで下半身を覆う。
「なにが、そうだったのですか?」
「え」
「お目覚めになった時、おっしゃっていましたでしょう。そうだったのか、と」
チュニックを被る間、マティアスは言葉を探した。
「寝言みたいなものだよ。ちょっと、夢を見てね」
「夢ですか」
従僕は帯を締めるために床に跪いた。
「どんな夢を?」
「もう忘れてしまった。なんだったかな」
「はは、そんなものですよね。たまにはっきり覚えていると、少し楽しい気持ちになって、私は好きなんですよ。朝の夢」
チュニックの上に絹のガウンを羽織り、靴は踵が低く履き口の広いものを選んだ。
従僕と共に朝食の部屋へ向かいながら、マティアスは奥歯を噛む。
そうだったのか――とは、なんだ? その、他人事のような感想は。
母が病死ししたことは、もちろん知っている。
しかし今朝夢に見た光景を、たった今まで「知らなかった」と感じたのだ。自分が幼い頃に経験した、自分の頭の中にあったはずの記憶を、今初めて知ったとは、どういうことか。
マティアスは髪の中に手を入れた。こめかみの傷跡が指に触れる。すっかり薄くなり、よほど近付いて見なければ分からないほどになった、古い傷跡。
このところ、自分の頭の中ほど信用ならないものがない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます